黒の捜査線04~07


04 動き出した捜査線③

「……署内のパソコン全部か⁉」
「そうです、 どうやらハッキングされた模様!」
「何かどっかで見た事ある気が……」
「警部!やはりどのパソコンにも同じ動画が!」

 事態を把握しだした者達が、数秒前よりもより一層慌ただしく動き出していた。
 パソコンにこの動画の画面が映し出されてから1~2分は経っただろうか。今聞こえてきた会話が確かなら、奴らに署内のパソコンをハッキングされた。やり口も6年前と全く同じ。

 体中の細胞が暴れ出し、体中の全神経が奴らに向いている。自分でも何を思っているかよく分からないがそんな感覚だ。

 騒がしくなる署内。平和な雰囲気から一転、場が緊張感に包まれ始めた時、それを煽るかの様に突如けたたましい警報音が鳴り響き、それと同時に動画が流れ始めた。


 ――ブッー!ブッー!ブッー!ブッー!ブッー!


 ※※※※※※※※※※※※ 警告 ※※※※※※※※※※※※

『――警察及び、警察関係者諸君。久しぶり……というのが正しいのかな?
改めて自己紹介をしよう。我々はテログループ『ソサエティ』だ。

初めに断っておくがこれは悪戯ではない。前回の事を覚えているならそれが分かるだろう。そして、前回の事を覚えているのならば……この先も当然、“起きる事は同様”だ――。

我々ソサエティは県警察本部周辺に爆弾を仕掛けた。場所は全部で3か所。

“猪鹿町《いのしかちょう》 シティホテル”、“獅子ヶ町《ししがまち》 セントラルタワー”、そして“猫子町《ねこちょう》 マークタワー”。

我々ソサエティの目的は変わらない。恨みある警察への清算と制裁。
市民を守り、当たり前の様に己の正義のみを振りかざす警察達。貴様らのその得意な力で、我々の攻撃から市民の命を守ってみよ。

爆破時刻は本日“12:00”――。

我々ソサエティからの誠意と共に、これが悪戯でない事、そして……忘れてしまっている者達の為に、再び我々ソサエティの存在をここに証明しよう』

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 動画が消え、パソコンの画面が真っ暗になった。

 現在、時刻10:17――。

「――警視庁に大至急連絡を入れろッ!! 爆発物処理班、SAT、サイバーテロ課にも緊急要請を入れるんだ!市民を避難させて指定場所も完全に包囲! 全員急げッ!!」
『『は、はい!』』

 現場は一気に騒然。本部長は怒号交じりで指示を出し、有無も言わさず皆が勢いよく動き出した。

「ヤバいぞ……」
「ああ、これはヤバい事が起きた! 俺達も直ぐにッ……「違ぇ! “前と一緒”ならどっかが、早くしねぇとどっか1つが爆発する!」
「「――⁉」」

 ソサエティ。お前らの事は1日たりとも忘れた事はねぇ。俺はお前らのストーカーだ。6年前のやり口もアホ程調べ上げた。

 あくまで俺の推測だが、あの時指定された3ヶ所に規則性や関連性は何もねぇ。事件を起こした奴らに対して、この表現は決して適切だとは言えないが、その犯行は実に計画的で完璧なものだった。でも、だからこそ何か理由があると調べたが、どうやらそういう訳ではなかったらしい。

 指定場所に大した理由は無い。そこはアイツらの気まぐれだろう。唯一共通した事があるとすれば、指定された場所に人が多いという事。それ以外には本当に共通するところがなかった。

 爆破された建物の建設初めから終わりまでは勿論、工事業者、建築業者、土地所有者、それ以外の関係者、似た造りや規模のビル、ホテルまで徹底的に調べたが何も出てこなかった。指定場所はシンプルに人の出入りが多い場所。自分達が爆弾を仕掛けやすく人混みに紛れやすい。ハッキングが出来るなら尚更だ。

 当時、俺達警察の捜査を見事に掻い潜って逃げ切った、綿密な計画と実行力を持った奴らなら、思い付きではなくまた用意周到に全てを進めている筈。今回も奴らの言ってる事が本正しいとするならば、6年前と同様、先ず“見せしめ”で爆破する最初の建物は――。

「黒野さん! 猫町のマークタワーが今日《《休館》》です!」
「よし。藍沢さん! 何よりも先ず、猫町マークタワーの周辺を避難させるように本部長に伝えてくれ!」
「分かったわ!」

 そう。
 本当にあの時と同じなら、奴らが最初に爆破するのは、今日そこに“人がいない”……猫町のマークタワーだ。

「行くぞ碧木!」
「はいッ!」

 藍沢さんにそう伝えると同時に、俺はもう走り出していた。
 動揺、困惑、緊張、焦り。突如起こったこの不測の事態に皆が戸惑うも無理はない。しかし、悪いが俺はその僅か数秒の戸惑いに時間を割いてる暇はねぇ。

 ただずっと。

 6年間ずっと。

 いつかまた“この日”が来たらとずっと胸に抱いていた俺にとっては、全てを終わらせる始まりの合図。これだけは誰にも譲らない。戸惑っているその数秒、僅かな判断の遅れ。俺は1つも取りこぼす事無く次こそ、今日こそ奴らを捕まえて“アイツの無念”を晴らしてやる。

「お、おい黒野!碧木!ちょっと待てって!」
「灰谷さんも直ぐに黒野達を追って下さい! 何か情報が分かり次第こっちからも連絡入れますから」
「分かった。 ここは任せたぞ水越!」

 急いで外に出た俺はそのまま車に乗り込み、乱暴にエンジンとパトランプを付けすぐさま発車した。
 碧木ももう1台の車に乗り込むと勢いよく走り出し、車に付いている無線で俺に話しかけて来た。

「黒野さん! 何処に向かう気ですか?」
「俺は猪鹿町のシティホテルに向かう! お前は獅子ヶ町のセントラルタワーに迎え!」
「分かりました!」

 選んだ方に理由は特にない。何となく直感で口に出していた。別に場所なんてどっちでもいい。肝心なのは、何としてでも爆破を阻止する事だ。

「碧木! セントラルタワーに着いても絶対“中に”入るんじゃねぇぞ!」
「はい!」

 その会話を最後に俺は無線を切り、後で始末書確定の暴走運転でシティホテルへと向かった。


05 過去と始まり①


~特殊捜査課~

 再びソサエティからの犯行声明が届く3ヶ月前。

 碧木明日香が特殊捜査課に配属してきた日――。

「あ、私は……実は、《6年前の猟奇爆破テロ》の犯人を捕まえたくてここに来ました――」

 その言葉で俺達は固まった。
 固まったというより、余りの想定外の発言に、返す言葉が直ぐに出てこなかった。変な沈黙が少し流れたが、それを打破したのは灰谷さんだった。

「碧木さん……は、何歳だ?」
「今年23になります!」
「若っ! 明日香ちゃんそんな若いの? 同性だから余計歳感じちゃうじゃない私」
「そこそこの歳だろ」
「あ″ぁ? 何か言ったか水越」

 流石水越さんだ。よくサラッとそんな爆弾発言を……って、そうだ。爆弾は爆弾でも今確かにこの子――。

「6年前の爆破テロ追ってるってどういう事だ?」

 その事件だけは聞き逃す筈がねぇ。何でこんな子がその事件を追ってやがる。

「落ち着け黒野。何で新入りの女の子いきなり睨んでるんだお前は! すまんな碧木さん」
「い、いえ大丈夫です」
「答えになってないだろ」
「ちょっと! いい加減にしなよ黒野君」

 自分でも分かってる。配属したばかりのこの子に何で俺はムキになって突っかかっているんだ。初日にこんな先輩が絡んでくるなんて最悪な部署だと思われただろう。自分でも少しヤバいなと分かってる。でも、今この子が口に出した“それ”だけは抑えられない。

「あなたが黒野さんですよね?」
「――⁉」

 緊張か遠慮か。控え目で大人しそうだと思っていた彼女は、俺の顔を見て表情が変わった。
 真っ直ぐと俺を見つめるその瞳はとても力強く、揺るぎない信念を感じさせるものだった。

「2度目になりますが、私の名前は碧木明日香! 私がここの特殊捜査課を志願したのは、今言った通り、6年前の猟奇爆破テロの犯人を捕まえたいからです! 」
「だから何でお前がそいつらをッ……「その爆破テロで母が亡くなりました」

 俺の言葉を遮ってそう言った彼女は、ほんの少しだけ涙を滲ませていた様に俺は見えた。

「まさか……明日香ちゃんのお母さんがあそこに……?」
「はい。6年前に爆弾が仕掛けられた“亀山町ランドタワー”、“天馬町センターホテル”、“有兎楽町合楽ビルディング”。その3つのうち、爆破されたランドタワーとセンターホテル。当時、私の母はランドタワーに入っている会社で働いていました」

 話を聞いて驚いた。まさかあの事件の被害者家族が目の前に現れるなんて思いもしなかったから。しかも刑事として。面接の志望動機を聞いてるかの様な会話だったが、彼女が刑事としてここまで来て、犯人を捕まえると口にしているその覚悟は誰が見ても一目瞭然だった。

「悪い……」

 先輩として、人として。ちゃんと謝るべきなのに、その一言が俺の中で精一杯の返事だった。情けねぇ。

「いえ、全然気にしていませんので。あの、それよりも……黒野さん」
 
 彼女は、また真っ直ぐと俺の目を見て言った。

「6年前のこの事件、当時ランドタワーと合楽ビルディングで《《爆弾解除をしていた》》のが、黒野さんと殉職された『白石 一真しらいし かずま』刑事なんですよね?」
「――!」

 はっきりと“その名”を聞いたのは何年ぶりだろうか。

 不思議だ。名前を聞いただけで、アイツとの思い出が走馬灯の様に頭を駆け巡る。何気なく会話したのがつい昨日の事みたいだ。

 彼女……碧木は、きっと自分なりに色々調べた上で俺に今聞いているんだろう。そりゃそうだよな。“同期”を失った俺でも探し続けてるんだから、自分の親を失ったとなれば何が何でも捕まえたいよな。今更奴らを捕まえたからといっても、当然死んだ人たちは戻ってこない。そんな事は誰もが分かってる。でも、だからこそ唯一俺達に出来る事は、やっぱり犯人を捕まえる事だけなんだ。

「中途半端に追ってる訳じゃなさそうだな」
「勿論です」
「いいよ。何が聞きたいんだ? 本気で捕まえる気があるなら、俺が知ってる事は全部教えるよ。碧木」
「は、はい! ありがとうございます!」

 碧木は嬉しそうな表情をしながら喜んでいた。今の俺に出来る事はそれぐらい。心の底から喜べるのは、アイツらを捕まえた時。それしかないんだ。
 
「黒野が先輩っぽく見えたぞ一瞬」
「この件に関してだけでしょ」
「そうね。それ以外基本適当だから黒野君は。報告書もすぐ溜めるし」

 何故か一瞬にして俺の悪口大会が開かれた。

「では早速いいですか? 黒野さん」

 先輩達も大概だが、この子もこの子だな。確かに教えると言ったけどそんな直ぐ? 今なの? まぁ別にいいけど。そういう奴嫌いじゃないし。

「なぁ~にニヤけてんのよ」
「ニヤけてないですよ別に」
「ふぅん。天パのくせに明日香ちゃんみたいな子タイプなの?意外ね」

 また何を言い出してんだこの人は。いちいち絡み辛ぇしまた微妙に悪口入ってるぞ。

「天パは関係ないしタイプでもねぇ」
「私も黒野さんはタイプじゃないです!」
「アッハッハッハッ! 灰谷さん、黒野君が早くも明日香ちゃんに振られました!」
「お前もうコクったのか!捕まえるのは凶悪犯だけにしとけよ」
「灰谷さん上手い」

 鬱陶しい。もう本当に嫌だぜこの部署。碧木が入ってきたし、そろそろ本気で異動願い出してやろうかな。

「うるさいっすよ。そんな事より、俺に聞きたいんじゃないのか碧木。 “ソサエティ”について――」
「――!」

 俺がそう言うと、碧木が真剣な表情になった。
 どんな些細な事でもいいから全てを教えて下さい、と碧木に言われ、俺はいつの間にか当時の事を話し出していた――。


06 過去と始まり②


 ♢♦♢

~6年前・県警察本部~

「――本日付で、こちらの捜査一課に配属される事になりました、白石一真です! 宜しくお願い致します!」
「同じく、本日付でこちらに配属になりました、黒野千歳です! 宜しくお願い致します」

 警察学校からの同期で、年齢も同じだった俺と一真は、自然と仲良くなっていた。

「まさかお前と同じ部署とはな」
「こっちの台詞だぜ。警察署なんて全国にいくらでもあるのによ」

 これも一種の腐れ縁だろうか。
 俺と一真は警察学校を卒業して、それぞれ別の交番で勤務していた。卒業後も一真や他の同期達とは連絡も取ってていたし、年に数回皆で会うこともあった。皆勤務場所も目指している課や部署も違ったが、互いに刺激して切磋琢磨出来るいい関係だった。

 元から捜査の最前線に行きたいと思っていた俺と一真は、2人共捜査一課の刑事を目指していた。刑事になる為、数年の交番勤務でそれなりの成果を出し、苦手な勉強も頑張って何とか試験にも受かった。思っていたよりもかなり順調。今の碧木と同じぐらい、22歳の時に念願だった捜査一課に入る事が出来たんだ。

 何でだろう? 数ある中で、何でよりによってコイツと同じ部署なんだと思った。それは多分、一真も同じ。互いに目標だった捜査一課に入れた喜び半面、これからまた一緒だと思うと何処か照れくささもあった。

「お疲れ」
「おお。サンキュ」
「大変だったみたいだな」
「ちょっとな。でも無事解決して何よりだよ」

 捜査一課に配属して半年が経った。
 交番勤務と変わらない様な業務もあれば、如何にも捜査一課の刑事らしい事件までと様々だったが、この頃には大分慣れて仕事をこなせる様になっていた。

 当然と言えばそうだが、事件の中には自分が思っていた以上に辛く悲しい事も多々あった。被害者やその家族達の気持ちを思うと、本当にやるせない気にもなる。

 罪を犯した犯人を捕まえるのが俺達に出来る最善策だが、1番はやはり、事件を未然に防ぐ事。それが何より大事なんだ。

 でもそれが1番難しいのが現実。
 きっと、仕事自体は慣れても、この気持ちだけは定年退職するまで慣れないと思う。いや、そんな事に慣れちゃダメなんだよな。理想と現実を毎日突き付けられるけど、それでも俺なりにやりがいは感じている。

「本当にさ、世の中色んな奴がいるよな」
「急に浸り出したか? まぁ分かるけどさ。せっかく犯人捕まえても、自分がどうしよもなく無力だなって思い知らせる事あるし」
「だよな……」
「それでもさ、全くやらないよりはマシだろ? 自分の手の届く範囲なんてたかが知れてるけど、そこに救える人がいるなら俺は充分だと思ってる」
「詩人みたいな事言い出したなお前。恥ずかし」
「おい! お前がしんみり感出して語り始めたんだろ千歳! なのにその話の着地は酷いぞ」
「ハハハハッ。今度皆に話してやろ」
「性格悪いなお前」

 結局、こういうどうでもいい時間が、自分を1番救ってくれている気がする。

 良かったな一真。
 お前の言う通り、お前の範囲で救われてる人間が確かにいるよ。そんな事本人は絶対言わねぇけど。

「さて、戻るか」
「あー、報告書の存在忘れてた。最悪」
「最大の凶悪犯だな」

 面倒だけど仕方ない。早く終わらよう。覚えているうちに。俺は再び気合いを入れ直し、報告書に立ち向かう事を決意した。

 この日は少しだけ忙しかったな。
 昼飯を食べ終えた後、2件の通報が入った。1件は人が刃物を持って何か叫んでいるという通報。もう1件は窃盗だった。

 俺は窃盗の方に出動し、一真は刃物男の方へし出動していた。

 ♢♦︎♢

~有兎楽町《ゆうらくまち》~

「──こちら黒野。ホシ確保しました」
「よくやった。今そっちに向かう」
「ちくしょう! 離せコラ!」

 窃盗が起こった現場に向かっている途中で、明らか不審な男と目が合った。案の定ソイツはホシ。向こうも俺がサツだと察するや否や全力で逃げ出した。

 見た感じ30代半ば。身長は170あるかないかの中肉中背。体型と走り方が運動苦手な事を物語ってる。そこそこ距離があったが、追いつくのに時間は掛からなかった。

「離す訳ねぇだろうが。大人しくしてろ」

 男を拘束していると、直ぐに同行していた先輩刑事も駆けつけてきてくれた。

「ハァ……ハァ……黒野、早いなお前」
「そうでもないですよ」
「若いっていいなぁ。俺も昔はもうちょい動けたんだけど……って、そんな事はどうでもいいか。早くコイツ連行しよう」

 俺と先輩は窃盗犯の男に手錠をし、応援に来てくれていたパトカーへと男を乗せた。

「ご苦労様です。本部へ向かいますか?」
「ああ。そうしてくれ」

 パトカーの後ろに乗った俺と先輩と窃盗犯の男。運転席にいた警官が車を出そうとした瞬間、突如パトカーから緊急無線が入った。

 今思い返せば、これが全ての始まりだったな。

〈──至急、至急!こちら本部長の服部!本部より周辺警察皆へ告ぐ! たった今、警察本部に『ソサエティ』と名乗るテログループから爆破予告が届いた!繰り返す! たった今、警察本部にテログループから爆破予告が届いた!〉

 おいおい、マジかよ……。


07 過去と始まり③


〈爆破予告にて指定されて場所は全部で3ヶ所。

“亀山町《かめやまちょう》 ランドタワー”、“天馬町《てんまちょう》 センターホテル”、そして“有兎楽町《ゆうらくまち》 合楽《あいら》ビルディング”!

そして今しがた、ソサエティと名乗る奴らがこの反抗声明が本物だと分からせる為、天馬町のセンターホテルを爆破した!〉

 本当に爆破を起こしただと⁉︎
 イカれてやがる。

「センターホテルなんて一体何人の人達が……」

〈爆破予告の時間は15:00。よって、周辺にいる警察官全員に告ぐ!
直ちに残るランドタワーと合楽ビルディングに向かい、速やかに建物内と周辺にいる市民達を避難させるんだ! 現場に向かえる者は直ちに向かってくれ!〉

 今は14:00過ぎ……やばい。もう1時間もないじゃねぇか。

「先輩、俺このまま合楽ビルディング向かいます! 先輩はこの窃盗犯を署まで連行して下さい!頼みます!」
「おっ、おい黒野! 気をつけろよ! 俺も直ぐに向かう!」
「了解」

 俺は先輩に告げ、急いで現場へ向かって走り出した。

 それにしても、爆弾テロを本当に実行する奴らがいるとはな。俺が警察になってから何度かそういうのはあったが、結局全部悪戯だった。爆弾テロなんて猟奇的過ぎるが、それと同時に知能犯でもある可能性が高い。

 爆弾なんてそもそも入手困難。自ら作る奴もいるが、当たり前に知識や経験が必要だ。しかも実際に爆破したという事は、建物にいる一般人や警備員を掻い潜って爆弾を仕掛けたって事。既に俺達警察を含め、多くの人間の目を欺いている計画的犯行だ。素人じゃねぇ。

 先輩と2人で連行するよりも、別れて行動した方が絶対いいだろう。先輩には悪いが俺が走った方が早いし。それに、ここからなら街中の合楽ビルディングは、裏道突っ走れば最短距離で着く。下手に車で行くより確実に早い。

 しかも何故かは分からないが、一刻も早く自分が行った方がいい。そう思ったんだ。

 ──ほら。
 そんな事言ってるうちに着いたぜ。合楽ビルディング。

「ハァ……ハァ……まだ他の警官達は着いてないのか?」

 この近くにも交番がある。無線を聞いたなら直ぐ来るだろう。まぁそうじゃなくても大勢向かってるかどの道。

 兎も角、最優先は皆を避難させる事。急がないとやべぇな。

「マジでこんなとこ爆破する気なのかよ」

 平日の日中とは言え、合楽ビルディングは街中で駅も近い。普通に人通りが多いぞ。

 楽しそうに買い物をしている人達。ご飯を食べている人達。スーツ姿で仕事中の人達。荷物を運んでいる業者の人達。

 あまりに自然な日常の光景に、自分が何をしようとしているのか一瞬分からなくなる。

 よし。取り敢えず騒ぎにならない様に先ずはビルの人達を外に出さないと。俺はビルの守衛さん達に事情を話し、速やかに避難を促してもらった。そうこうしていると、外には次々に警官達やパトカーが集まってきていた。

 守衛さんに話した後、俺もそのままビルに入り、パニックにならない様皆を誘導していた。

「14:31……何とか間に合いそうだな。外も避難が済んでいるみたいだし」

 ――プルルルルッ……プルルルルッ……。
 ポケットに入っていた携帯が鳴った。先輩からだ。

「もしもし」
「お、黒野。お前どこにいるんだ?」
「ビルの中です。今1番上の階にいるんですけど、もうここの人達で最後ですね」
「分かった。ご苦労だったな。さっき爆破されたセンターホテルだけどな、何かでここ2日間“休み”だったらしく、幸いにも人がいなかったそうだ。って言っても、爆破の残骸が辺りに散らばって怪我人が何人か出た様だが、命に別状はないらしい。ここの外も無事に避難完了して緊急配備を引いてるから一先ず安心だ。お前も気をつけて残りの人達を避難させてくれ」
「了解。ありがとうございます」

 良かった。センターホテルも外も何とか無事みたいだ。それにしても、センターホテルが休みだったなんて偶然か? まぁ今はそれより一刻も早くここにいる人達を避難させないッ……『──ビッー! ビッー! ビッー!ビッー!……ガチャン!』

 突如ビル全体に警報音が鳴り響いた。

「お、おい、どうなっているんだ⁉︎ 扉が開かないぞ!」
「何してるのよ。早く避難しなくちゃ」
「急に鍵が掛かって開かないんだよ!」

 次に聞こえてきたのは、避難しようとしていた人達の話し声だ。
 やっぱり気のせいじゃなかったか。今の警報音の最後に聞こえた鍵の掛かる音。

「すいません。ちょっといいですか」

 ガキじゃないんだ。しかもこんな状況でふざけてる場合でもねぇ。幾ら焦ってパニックになっても、大の大人が鍵を開けられない筈がないだろ。

 俺はそんなこと百も承知だった。でも一応念の為と扉を確かめたが、やっぱり開かなかった。そりゃそうか。

 ちくしょう……。しかもこんな時に限って“嫌な予感”がしちまった。

 これは昔からだ。
 昔から俺は何故だか“直感”がよく当たる。

 勿論、アニメや漫画の主人公みたいな特殊能力じゃないから、外れる事も普通にある。だが他の人より当たるのも事実だ。2分の1の確率は大体当たってきた。

 それが良いか悪いかは時によるけど、それでも警察になってからは意外と役に立つ事が多かった。犯人確保の時とかは尚更。
 でも、今のは多分悪い方。何となく嫌な感じがした。

「刑事さん、どうですか?」
「いや。やっぱり開かないですね。この階に他の出入口ありませんか?」
「そういえば裏口に非常階段なかったかな確か」
「僕が確認してきますので皆さん待っていて下さい」

 俺はそう声を掛け裏口が開いているかどうか確認しに行くが、恐らく開いてないだろうな。

 ──ガチャ、ガチャ!
 ほらやっぱり。案の定鍵は閉まっていた。
 さっき表の入り口から見えたエレベーターもランプが点いていなかったからまさかと思ったが。どうやら普通に電気は通っているみたいだ。コレが偶然じゃないとすれば、“逃げ道”を封じられた。
 
 残すは窓からの非常用出入口だが――。




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