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「旧藩主と旧領民の関係を考える」 近代移行期の地域社会史をテーマに熊大でシンポ

 3月16日、熊本大学法文学部棟A1講堂でシンポジウム「地域社会史の視座から考える旧藩社会」が開催され、計65人余りが参加した。主催は熊本大学永青文庫研究センターなど。

 中央大文学部の宮間純一教授は旧松代藩・旧大垣藩の領域を中心に検討し、松代藩主であった真田家が明治期においても旧領地に強力な繋がりを持ち、当主が帰還する度に盛大に歓迎していたことを指摘。また困窮する旧藩士の家財を買い取り復興後に再度払い下げたり、鉄道駅建設や墓地復興に際して土地を安価に提供するなど、経済的支援という形でで関係を形成し、地域社会の側もそれを望み、公私に渡って積極的に真田家に対して要望を出していたことを明らかにした。

活発な議論が行われたシンポジウム=3月16日、熊本大学法文棟A1講堂(記者撮影)


 熊本大永青文庫研究センターの今村直樹准教授は、旧藩社会研究の課題として、旧領民への視座が不足していることを指摘し、自由民権運動が活発化し地租改正問題も発生した明治10年代を中心に、旧藩主家たる細川家の資産形成や旧領民の動向を検討した。細川家は大名華族の中でも大地主として知られたが、八代の海辺新地では所有権問題で耕作者と対立し、民権派による批判も伴い、徳米(小作米)納入が滞る状況に陥った。そこで近世の地方役人経験者を登用して地域社会との折衝を行わせた他、藩営事業を継承した製蝋業(当時の県の蝋生産量の半分を占めた)にも戸長・地方役人経験者・地方名望家が大きな役割を果たしたことを指摘。「旧藩主家が旧領民や地域社会との直接対峙を避けようとする際、彼らの力に依存していたことは重要な視点」と述べた。
 広島経済大の平下義記准教授は、福山藩阿部家が慈善団体「義倉社」を通じて旧藩社会に影響力を行使した活動を分析。阿部家が義倉社を保護した動機に「寄附行為をテコとして旧領に働きかける」ことがあったことを指摘し、士族からの打診を受けての授産事業への支援、困窮する士族への救済米の支給、旧藩校(福山誠之館)の維持、さらに用途を失い荒廃した福山城の修繕や管理など、幅広い分野で寄付を通じ関与したことを明らかにした。その上で、阿部家の寄附行為はあくまで受動的なもの(地域社会に対して積極的な意欲をもって行ったものではない)に過ぎず、義倉社の寄付金募集に際しては士族郡長などの権限を利用し、地域社会から半義務的に寄付金を徴収するなど、地域社会の側にも(学校など地域に明確に実利がある場合を除き)強い意欲を欠く以上、「旧藩主家=阿部家と義倉社との関係は、地域の士族郡長を媒介にする限りにおいて成立するもの」と指摘。士族郡長が制度的に消滅していく中で、旧藩主家と旧領民による「旧藩主社会」は解体されていった、と述べた。
 質疑応答では、「旧藩主の資金力への依存は、旧領民への事業への関与の薄さの裏返しであり、旧領民がさほど関与しない事業は『旧藩社会』の結節点になりうるのか」「当事者の『華族の対面』の認識の差異」「近世的な『仁政イデオロギー』との接続性」「旧領民の定義と範囲」などの観点で質問が出され、活発な議論が行われた。
(2024年3月17日)

シンポジウムのポスター

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