岩波書店と小学館では「ボーイズラブ」の定義が違うらしい

とにかく「何となく好き」「何となく嫌い」という状態が苦手な私は、ボーイズラブやカップリングについて考えるときも何かと論理的であることを自らに求めがちである。

特定のカップリングに関して、「その二人の間にそういう関係性は確かにあるけれど、それはボーイズラブではない」という旨の主張をしてしまうことがあるのだが、これは全く論理的ではない。

「ボーイズラブ」という語の定義が人によって違い、曖昧すぎるからだ。
こうしたカップリングに関する論議をしていると、結局いつも「そもそもボーイズラブとは」という話に立ち返ってしまう。

論証の前に公理、公理の前にまず定義、というパスカル先生(だったっけ)の教えを実践できていないからである。

そこでボーイズラブの定義を確認しようと、辞書を引いてみると「男性同士の性愛を描いた女性向けの漫画や小説」というあまりにも狭義的な説明があるので辟易としてしまう。

「女性向け」という語彙を持ち出すことによって、「当事者性の高いゲイ文学」と女性向けに男性を性的対象化=客体化したポルノ(この定義にも賛否両論があると思うが)であるボーイズラブを差別化しようとしたのであろう。

ただここで、少数ではあるが男性読者を弾き出してしまったことには不満が残る。
※後に引き合いに出す別の辞書ではここを「主に女性向けの」とすることで回避しているようだ。

しかし一番の問題は、ボーイズラブが描く対象を「男性同士の性愛」と限定してしまったことだ。
ボーイズラブにおける「ラブ=Love」を「Sexual love」と限定することに異論がある者は少なくないだろう。私もそうだ。

「性愛」をまた同じ辞書で引くと、「性本能に基づく愛欲」とある。
これを根拠に、「性的関係のない男性同士の関係性を描いた作品」は「ボーイズラブ」ではなく「ブロマンス」だという区別をしている人もいるようだが、私はこれに異を唱えたい。

「ブロマンス」という語の解説においては「友情」の側面が強調されていることが多く、私が「ボーイズラブ」で表現したいものとはズレてしまうのだ。

私は長年、この乱暴な定義をしやがった野郎が「広辞苑」、延いては岩波書店だと勝手に思い込んでいた。
辞書といえば広辞苑、そんなイメージで安易に広辞苑を親の仇と捉えてしまい、いつか訴えてやると意気込んでいた。
それで先日ようやく「ボーイズラブ 広辞苑」で検索すると、こんな記事が引っかかった。

タツオ:ボーイズラブは結果、どうなったかと言うと…「和製語。男性同士の恋愛を描く主に女性向けの小説、漫画などのジャンル」と。「主に」が入っているんで、男の僕が読んでも大丈夫という。
マキタ:おおー、短いね。
タツオ:ただね、ボーイズラブが入ったっていうのはかなり画期的。新語をたくさん入れている辞典(三省堂国語辞典)でも、そこに「BL」という項目であったんですけども、「少年同士の恋愛」って書いてあるの。少年愛。まあ、もともとは竹宮恵子先生の『風と木の詩』っていう漫画から出ているから少年たちの恋愛っていうものが…でも、歴史的には今は大人の男性同士の恋愛も描いてますし。「小説、漫画などのジャンル」って言ったことも、実写作品はBLとは言わない。だから厳密に言えば僕はゲイカルチャーとボーイズラブは分けているので。っていうことで、こういう書かれ方になったんじゃないかなと。
(記事本文から引用)


めっちゃごめん岩波書店!!!!

私の誤解だった!!!!!

ネットで語の定義を調べようとすると、「Weblio」や「goo辞書」などの辞書検索サービスに飛ばされることが多く、そこでの国語辞典の代表的な引用元は「広辞苑」ではなく「デジタル大辞泉」である。

つまり、憎むべきは広辞苑を発行している岩波書店ではなく、大辞泉の版元である小学館だった。許すまじ、小学館。

とはいえ、「性的関係がないものはボーイズラブとはいえない。それはブロマンスだ」という派にとっては、デジタル大辞泉のこの解説こそがしっくりくるものなのかもしれない。

あなたは岩波派? 小学館派? それとも三省堂派?


1本の記事を書くのに大体2000~5000円ほどの参考文献を購入しているので完全に赤字です。助けてください。