20230309

 グアダルーペ・ネッテル『花びらとその他の不穏な物語』(宇野和美訳、現代書館)を読み終えた。とても素晴らしい短編集だ。『赤い魚の夫婦』で第八回の日本翻訳大賞の最終候補にノミネートし、話題になっていたメキシコの新鋭作家による昨年末に翻訳された最新刊。時期的には今作に収録されている方が『赤い魚の夫婦』よりも前に書かれたものということで、わたしは同時に購入したそちらも読み進めているが、確かに比べてみると少々粗削りな文章になっているかもしれない。それを差し引いても凄い才能だと思う。なかでも「盆栽」は村上春樹へのオマージュ作品になっているとともに、彼の作品に対する鋭い批判精神も宿っている傑作。舞台も東京の青山で、週末に植物園に通うことを習慣にしている主人公の男性は、妻のミドリとひょんなことから同行することになった植物園で彼も知らなかった園丁の存在を知る。自分のテリトリーを守りたい彼は妻に隠れて園丁のもとに通うようになり、そこで自分がサボテンであることを自覚する。それから妻をうっとうしく感じ始めた彼はミドリがなんにでも絡みつく、つる植物であることを発見して二人の関係は冷ややかになっていく。男性の身勝手さ、縄張り争い、一方的に突きつけられる性欲……村上の作品に多く見られるこのような要素を逆手に取り、見事な短編へと昇華している。村上主義者やハルキストには是非読んでもらいたい作品だ。モデルになった表参道のふれあい植物園は一昨年末、老朽化で閉園してしまった。改築されるということだが、次いつオープンするかは定かではない。もっと早くこの作品に出会っていたらきっと聖地巡礼していただろう。

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