20231028

 リディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』(岸本佐知子訳、白水Uブックス)を読んだ。小説、エッセイ、紀行文、日記のような断章など五十一篇が収録されている。「アメリカ文学の静かな巨人」と呼ばれているらしいが、その所以は知らない。ブランショやレリスの翻訳でも知られ、プルーストの『失われた時を求めて――スワン家の方へ――』を翻訳して、仏・文化勲章シュヴェリエを授与されている。恐らくこちらの功績での綽名ではないか。話が逸れたが、本作にはとても感銘を受けた。冒頭の地下鉄でフーコーを読んでメモするだけの話「フーコーとえんぴつ」や、グレン・グールドが自分がハマっているテレビ番組を同じく気に入っていたと知り、たくましく妄想を膨らませる「グレン・グールド」、聖書を引用しつつ、近所の一日を描写する日記のような「エレイン牧師の会報」など、とても面白く読んだ。中でも、「ノックリー氏」という短篇小説は傑作だ。火事で焼死した叔母の恋人であったノックリー氏を事故現場で見つけ、彼を追い回すうちに彼の不可解な行動に戸惑いつつ、自分も狂っていくという今まで読んだことのないような読後感に震えた。さらに、岸本の訳者解説が素晴らしい。作者と読者の間にある作品のプロセスを差し出すスタイルから「書く行為」自体にこだわる彼女の姿勢が丁寧に読み解かれている。この解説で、わたし自身も「書く行為」そのものに興味関心があることに気がつけた。

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