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新作映画2024

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2024年の新作ベスト選考に関わる作品をまとめています。新作の定義は、今年も2022/2023/2024年製作の作品で自分が未見の作品です。
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記事一覧

ジャン=ステファーヌ・ソヴェール『Asphalt City』危険な有色人種と思い悩む白人救世主

2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ジャン=ステファーヌ・ソヴェール長編四作目。カンヌでのプレミア上映時は『Black Flies』という題名だったが、いつの間にか変更されていた。物語は新人救命救急士オリーが、ペアを組んだベテラン救命救急士ジーンと共に様々な現場を体験する、というもの。いきなり銃撃戦があった公園に行かされて呆然とするオリーは、その後も様々な現場で様々な患者と向き合っていく。凶暴な犬に噛まれたチンピラ集団、過酷な食肉工場で倒れた男、ランドリーで倒れたホーム

カンタン・デュピュー『Daaaaaali!』幼稚なダリがいっぱい

カンタン・デュピュー長編12作目。一昨年から1年に2本というホン・サンスみたいなペースで作品を撮りまくっており、昨年は『Yannick』をロカルノ映画祭で上映した数週間後にヴェネツィア映画祭で本作品を発表している。冒頭からダリの絵画"Necrophilic Fountain Flowing from a Grand Piano"、ピアノとそこに開いた穴から水が流れ出る絵を雑に再現した画が登場する。ダリの描いた不条理空間が雑に実体化しているのだ。物語はジャーナリストのジュディッ

Timm Kröger『The Universal Theory』多元宇宙から来た女に一目惚れした男

2023年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。Timm Kröger長編二作目。作家ヨハネス・ライナートはスイスを舞台とするSF小説を発表した。しかし、本人はインタビューではそれが小説ではなく現実に起こったことだとしている。実際には何が起こったのか?物語は12年前に巻き戻る。学生だったヨハネスは指導教官シュトラーテン教授の下で博士論文を書いていた。テーマは万物の理論と多元宇宙について。スイスでの学会に行く道すがら、シュトラーテンはあの手この手で実証不可能なヨハネスの論文にケ

【ネタバレ】アンドリュー・ヘイ『異人たち』You Were Always on My Mind And Always Will Be

傑作。アンドリュー・ヘイ長編五作目。山田太一『異人たちの夏』映画化作品。原作は未読だが、大林宣彦版は鑑賞済なので比較してみると、まず再会そのものが甘美でないことに驚いた。そりゃそうなのだが、大林版は人生に行き詰まった中年男が、楽しかったであろう子供時代の続きを演じ直すことが中心にあったので、言ってしまえば幼稚な印象を受けた。本作品では二度目の訪問で(会話の流れでとはいえ)母親にカムアウトしており、その母親の典型的な反応も"何度もシミュレーションした結果の一つ"だろうと想像でき

Virginie Verrier『Marinette』マリネット・ピションのサッカーへの想い

Virginie Verrier長編一作目。フランス史上最高の女性サッカー選手と呼ばれたマリネット・ピションの半生を描いた一作。彼女の30年間を90分にまとめたためにやや駆け足ではあるが、家族/サッカー/恋愛というエッセンスは過不足無く収まっている。飲んだくれで暴力的な父親、嫉妬からマリネットを虐めるチームメイトなど敵対的な人物も多くいるが、サッカーをすることに協力的な母親、学生時代に入っていた男子チームの監督、SMOの監督、フィラデルフィア・チャージのチームメイトなど好意的

ローラ・ポイトラス『美と殺戮のすべて』それは姉の見た世界、私の歩んだ記憶

大傑作。2022年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品、金獅子受賞作。1965年に自殺した姉バーバラに捧げられた映画であり、原題も診断書に書かれた"彼女が見た世界"を指す言葉から取られている。それはある意味で、後に妹ナンが歩んだ人生そのものであり、すべてが姉の"物語"に帰着しているようにも見える。ナンは冒頭で、物語と記憶の違いを語っており、生の記憶を残すために写真を撮っているとしていたが、姉の人生については"姉の物語"としていることが、まさに本作品のすべてを表しているのではな

Marija Kavtaradzė『Slow』リトアニア、親密さと身体について

傑作。2024年アカデミー国際長編映画賞リトアニア代表。マリア・カフタラーゼ(Marija Kavtaradzė)長編二作目。コンテンポラリーダンサーのエレナは聾の若者に向けたダンス教室を開いており、そこで手話通訳のドヴィダスと出会った。エレナはこの物静かな青年をすぐに気に入るが、彼からアセクシャルであることを告白される。物語は二人の関係性を手探りで進めていき、決してニヒリズムや不必要な残酷さを経由することなく、互いに最善を尽くしても同調しきることのできないリズムを描いている

ベルトラン・ボネロ『けもの』人類に向けたフォークト=カンプフ検査

傑作。2023年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。ベルトラン・ボネロ長編10作目。一応の原作はヘンリー・ジェイムズ『密林の獣』。三つの異なる時代の同じ男女を描いている。主軸となるのはAIに支配された近未来で、人間の感情を消し去るためにDNAを浄化する手術を受けるガブリエルの物語である。彼女の意識は1910年(パリ洪水)、及び2014年(地震)という天災の年にいたガブリエルに飛び、その時代で毎回、運命付けられた相手ルイと邂逅を果たす。『パストライブス』より『パストライブス』

ルート・ベッカーマン『Favoriten』オーストリア、イルカイ先生の教室

2024年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。ウィーンのファヴォリーテン地区にある小学校に通う25歳の子供たちの3年間を追ったドキュメンタリー。ファヴォリーテン地区は歴史的に移民が多く暮らす場所でもあり、6割以上の生徒はドイツ語を母国語としていないらしい。生徒たちはドイツ語を学んでいく過程で、異文化の共存や女性への態度、自分や家族が信じる宗教、自らの将来などを多角的に学んでいく。やはり興味深いのは"文化"とはなにか?という問いに真剣に向き合う三人の男子生徒たちのシーン

ネルソン・カルロ・デ・ロス・サントス・アリアス『Pepe』ドミニカ共和国、カバのペペの残留思念が語る物語

2024年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ネルソン・カルロ・デ・ロス・サントス・アリアス長編四作目。1993年、脱獄し潜伏中だった麻薬王パブロ・エスコバルはコロンビア国家警察の特殊部隊との銃撃戦の末に死亡した。彼は自身の私有地であるアシエンダ・ナポレスの裏庭にある人工湖で4頭のカバを飼っていたが、死亡後は放し飼いとなって天敵の居ない環境で繁殖し続け、現在では200頭近くまで増え、地元の漁師から脅威として認識されている。コカインヒポと呼ばれているらしい。その中で群れから分かれ

ミン・バハドゥル・バム『Shambhala』ネパール、シャンバラへゆく者

傑作。2024年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ミン・バハドゥル・バム長編二作目。ネパールはヒマラヤ山麓にある小さな村には、一妻多夫の伝統がある。家系を維持しながら必要最低限の物資で生活できるということで、この伝統は長年に渡って続いてきたが、現代では観光客の増加や外文化の流入によって、あと数世代で滅びそうという調査結果もあるようだ。主人公ペマはタシという青年と結婚する。彼には二人の弟がいて、上の弟カルマは僧侶として近隣の寺院で過ごしており、下の弟ダワはまだ小学生くらいだ(彼

フィリップ・ガレル『ある人形使い一家の肖像』ガレル家子供世代の将来は如何に

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。俳優になる10年前の1947年、フィリップ・ガレルの父モーリスは人形劇団に入団し活動していた。1950年にはクロード=アンドレ・メッサン、アラン・ルコワンと共に"Compagnie des Trois"を創設し、各地を公演して回った。本作品はそんなモーリスの経験を基にしているようだ。本作品に登場する劇団は家族経営であり、若い三人はフィリップ・ガレルの子供たち(ルイ、エステル、レナ)が演じている他、フィリップ自身ともいえる彼らの父親シ

ミシェル・フランコ『Memory』戻らない記憶と消せない記憶、ならば未来は?

傑作。2023年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。ミシェル・フランコ長編八作目。デイケアセンターで働くシルヴィアはアルコール依存症から抜け出して13年が経った。心の支えとなってきた娘アンナの独り立ちも視野に入り始め、禁酒会のメンバーからは似たような指摘もされている。ある日、妹オリヴィアに誘われて渋々参加した高校の同窓会からの帰り道、自宅まで後を付けてくる男がいた。ソウルという名の男は初期の認知症を患っており、なぜ彼女を追ってきたかも自宅への帰り方も分からず、朝まで家の外で

エミリー・アテフ『密会 少女と馬飼いの男』ドイツ、おじさんに恋する少女の物語

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ダニエラ・クリエンによる同名小説の映画化作品。1990年夏、東ドイツの農村で暮らすマリアは写真家志望の恋人ヨハネスの家に居候していた。母親の勤めていた工場が東西統合によって閉鎖されてしまい、仕事にあぶれた母親は別れた夫の実家に居候していたからだ。そんな彼女は学校をサボっては昼間からドストエフスキーを読んで、ヨハネスの実家のブレンデル農場を手伝って過ごしている。ある日、近隣に暮らす独り身の農夫ヘンナーとばったり出くわし、その魅力に呑み