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終.

短篇終集、無事に終演しました。

終わるということにかねてから美しさと恐ろしさと、何か分からないもの、といったことを感じておりまして、ここいらでひとつ終わりを味わってみようと思い書いてみました。

無事に公演を終え、またひとつ終わりを体験した上で思うことをつらつらと。


「最後の仕事」は僕の盟友土井克馬くんに書いていただきました。彼とはよく芝居以外のことも話すのですが最終的に芝居の話に結びつけて話してしまいます。
そしておそらく今回は「人に何かを与える」ということがテーマでした。ギフト。
自殺をしようとした中年男性が自殺をしようとしている青年男性を止める。中年男性は、青年と無事に明日酒を飲み交わすために生きるという希望を見出す(中年は酒が飲めないのでオレンジジュースで乾杯をしようとしているが)
与えるつもりが与えられている、というのもテーマのひとつなのかもしれません。
たとえ歴史に名を残さずとも、目の前にいる青年を生かすことが、生きる意味である、と。
とても大好きな作品でした。
終わりをテーマにしていますが、希望に満ちていて明日が楽しみになるような、二人の歳の離れた友人たちの新たな門出に祝福を送りたいです。

「冬夏青青」は僕にとって作家の後輩に当たる廣畑美咲さんによる短編で彼女にとって2作目になるのですが、恐ろしく面白い作品でした。
間も空気感も言葉の選び方も展開もW主人公とも言える構成も最後の温かさも。僕には逆立ちしても書けない繊細なやり取りで、静かに流れる時に永遠に身を委ねたくなるような時間を生み出しておりました。
冬夏青青という言葉は僕は受け取った時は知らず、調べていて意味を知りました。
強い意志、というのは夏陽と美冬どちらのものだったのか。どうしても美冬視点で見てしまいますが、夏陽の意志というのもあるのでしょう。
終わりゆく二人の生活。
終わらせたくない友情。
二人の青春、モラトリアムともいうべき時間を永遠に見続けたいと思える20分間でした。
彼女たちがそれぞれ結婚しても、子供を遊ばせながらそれを微笑ましく眺めてお茶をする姿が想像出来て、大人になるのも悪くないのではないかと思えてきます。

「放課後のダイアログ」は終わりの物語でした。
書いた当初はもう戻ることの出来ない関係を書いていたつもりでした。僕の高校の時からの友人と袂を分かつ出来事が元となっているのですが、どうしても許せない出来事があり、普段なら論破を許しているのですがそこだけは譲れないと言葉の刃を意図的に振りかざし、傷つけ合い連絡を取らなくなった出来事。
たとえお互いのことを大切に思っている事実があったとしても、すれ違い傷つけ合ってしまうことは起こりうることで、どうしても謝ることは出来ない。
なぜなら謝ってしまったり自分の過ちを認めてしまったら、自分の価値観や本当に大切にしていることすらも失ってしまって、結果としてやはりその友人との繋がりも必要ないものと成り果ててしまう可能性があることで。

ただ一緒にいることが幸せだったはずなのに
自分が自分であるために友人を傷つけてしまう。

自分のあさましいまでの自尊心は飯塚に、痛みを無かったことにしようとする自己肯定感の低さは梅田に、良かれと思って手を出したことが事態を大きくする浅慮は小原に内包されていました。

僕は強くはあれない。
しかし、この痛みや失敗や無念さを糧に、次はうまくやるぞと覚悟を決める為に必要な作品でした。

稽古場では何度か梅といーちゃんとオハラ仲直りしたかもな、という結末になってしまいましたが笑。演出においての話はまた別な機会にしたいと思います。

短篇集シリーズは僕にとって挑戦したいことをする場で、自分が殻を破る場で、そして面白いと共に戦ってくれる仲間を見つける場でもありました。
同じように誰かにとっての挑戦の場で、殻を破る場で、面白いと思うことを作り出せる場になるように頑張っていたつもりです。
そしてそれがお客さんにとっても何かを挑戦するきっかけになったり殻を破るきっかけになったり、面白いことをやろうと思える場になっていたらいいなと思います。
色んな価値観や生き方が混在して、そしてそれを皆が一歩先に進むために創作する。

僕は稽古場で「映像研には手を出すな」の話を必ずしています。みんなで作品のオタクになられたらいいなと。こうしたら面白いんじゃないか、こうしたらハラハラして、ワクワクして、ドキドキして、ワーッとなってキャーっとなって。お客さんとも一緒に、この世に生まれた作品を愛することが出来るようになりたいですとお伝えしています。

短篇シリーズ、面白いのでまたやりたいですね。
でもつぎは本公演にチャレンジしたいな。

終わりが始まるものがたり。

終わりは始まり。
しかし二度と会えないものもある。
終わりの美学。美しく散る。
では足掻くのは醜いことか。
終わる。終わりがあるから、今を足掻ける。
いつか終わるまで。
人生を足掻いてみようじゃありませんか。
楽しくなるように。明日が楽しみになるように。

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