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《馬鹿話 728》 鬼の居ぬ間に

赤鬼の酒呑童子は今日も不満を並べていた。

「俺たちが生きやすい社会にする為には、どうすればいいのだ」と酒呑童子は仲間の鬼たちに詰め寄った。

鬼たちは酒呑童子の話を聴いてはいたが、誰からも反応がなかった。

酒呑童子は仲間の無反応な態度に苛ついて、赤い顔をさらに赤く染め「お前たちは体制に立ち向かう勇気はないのか」と怒りを爆発させた。

それでも、仲間の鬼たちは知らぬ顔を決めて、酒呑童子を無視するように日常の話題を続けた。

「今日は節分だ」と酒呑童子は大きな声を出した。

仲間の鬼たちは「そうだ、今日は隠れておこう」と囁きあった。

酒呑童子はそんな仲間の鬼たちに「節分こそ我々の本当の力を示すときだ」と呼びかけた。

仲間の鬼たちは「だったら、自分ひとりで頑張ってみろよ」と冷たく言い放った。

すると、一匹の青鬼が「何を人間たちに要求すると言うのだ」と酒呑童子に言った。

酒呑童子は、やっと反応してくれた青鬼に「人間社会から追い出された俺たちは不公平じゃないか」と呼びかけた。

続けて、「いつも、俺たちは地獄に追いやられ、人間の腐った匂いで汚染された空気と、血や汚物で汚れた水を飲んで暮らしている。我々も人間と同じ綺麗な空気や水を使う権利があると思わないか」と酒呑童子は言った。

青鬼は、「元々俺たちと人間では、住む世界も環境も違うのに不公平とはおかしいだろう」と反論した。

酒呑童子は、青鬼の言葉など無視して他の鬼たちに向かって「我々にも家族がある、人間と同じ権利が俺たちにもある筈だ」と訴えた。

今度は、二本の角を持った女の鬼が「私もそう思う」と叫んだ。

その声を聴いて他の鬼たちも「権利だ、権利だ」と囃し立てた。

「よし、今日の節分は皆で権利を取り返しに行こう」と別の鬼が叫んだ。

酒呑童子は「それでこそ、鬼だ」と金棒を振り上げた。

鬼たちが異界に張られた結界を越えて、ぞろぞろと人間界に入って来ると、丁度人間界から地獄へと向かう大勢の人間とすれ違った。

人間たちの行列は「地獄は嫌だ!行きたくない」と大声で泣きながら進んでいた。

酒呑童子はその中の一人の人間に「お前は何をやったのだ」と尋ねてみた。

尋ねられた人間は「大勢の人間を殺した」と答えた。

今度は人間が酒呑童子に「皆で何処へ向かうのだ」と尋ねた。

「権利を勝ち取るために戦う」と酒呑童子は答えた。

それを聴いて人間は、嬉しそうな顔をすると酒呑童子に言った。

「それは時間が掛かりそうだ。洗濯をして待っています」

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