なくした日傘

東京メトロで、手すりのところに日傘をひっかけておいたら、忘れてそのまま電車を降りてしまった。

落し物センターに電話をすると、預り所ははしっこの駅だという。そのとき、3日間しか東京にいない旅行者だった私は、取りに行くのを諦めた。

なくしたのは、買ったばかりの、真っ白な傘。縁のところに、赤や茶、青の糸で中欧らしい模様が刺繍されているのが気に入っていた。持ち手は藤を編んだみたいに作られている。
少しふんぱつしたし、折りたたみでない日傘を持ったのははじめてで、大人になった気がしていたのに。

それから日傘を買い直すのは悔しかったけど、夏はまだまだ続く。やっぱり必要で、少し負けたような気持ちで新しいものを選びにいった。

セールのカゴにきゅうきゅうに差し込まれた日傘の中から、無難なものを取り出してみる。

どうしてもその年は白の気分で、でも真っ白なものはもうなくて、生成りぽい色のものにした。
縁には、今度は水色のレース刺繍がされている。もう置き忘れないように折りたたみを選んだ。


私はその水色レース刺繍を見るたび、あの真っ白な中欧風刺繍の傘のことを考えていた。
レース刺繍では、日差しを避けて歩く、大人しげな子しか演じられない。
中欧風刺繍なら、少しくらい暑くたって踊りだすような陽気な子だって演じられたのに。

その水色刺繍傘は、ついに去年の夏に壊れてしまった。今年も夏が来て、私は日傘を買うのをちゃんと覚えていて、さっそく探しに行く。


まずは、あの真っ白な傘を買ったお店に出向いたけど、運命の再会!なんてあるはずもなく、商品は入れ替わっていた。

それに、今年はもう白の気分じゃない。なんだか今回は黒か紺がいい。

日傘がありそうなフロアをくるくると回って、思いがけないお店で紺色の傘を手に取る。小花柄で子供っぽくなく大人っぽくもなくて、好き。大きさもちょうどいい。おまけに商品券で買える。普通のと折りたたみがあったけど迷わず折りたたみを店員さんに差し出した。

紺色小花柄の傘は、さして歩くと私にぴったりだった。
大人しげな子も、元気な子も演じる必要なんてなく、私は私の夏を満喫する。

紺色の傘を見上げて、また、真っ白な傘を思い出した。

駅の忘れ物展で、ほとんど新品だったあの傘はさぞかし高値で売れたでしょう。

どこかで真っ白で中欧風な傘をくるくる回して、踊ってる子がいたら「その傘趣味がいいですね」って話しかけてみようと思う。
続けて「私の小花柄のもなかなかよくないですか」って。

だけど今年の夏は、雨が多くてあんまり日傘をさす機会がない。仕方ないや。

#エッセイ #日傘 #夏

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