遅ればせながらLA LA LAND、そして「もしも」の切なさについて

ミュージカル好きなので楽しみにしていた。あのLA LA LAND。

amazonで配信されてるのを見つけて、うきうきと観はじめたのに、途中でやめてしまった。なんだろう。現実とミュージカルパートの乖離が私の好きな感じと違ったみたい。私はファンタジーならごりごりファンタジーが好きらしい。

で、金曜ロードショーでもやっていたので今度こそ最後まで観てみた。色んな人の、何回観ても泣けるというTwitterでの感想を読んで、やっぱり観ておこうと思って。

結果、泣いた。私が観るのをやめた少しあとから、物語がぐんと動いていた。もう現実シーンとミュージカルシーンの乖離、は気にならなかった。

最後はほろ苦く、甘く、切なくて。「もしも」こうだったら最高に幸せだったねっていうシーンが連続して描かれる。

切ない物語はいい。心にささる。
だけど私は、自分の人生にはああいう「もしも」を、なるべく残さないようにしようって思っている。

そのことを再確認した。私は、あの映画の最後のシーンを、実際に生きていきたい。

私には、彼と結婚する前、離れていた時期がある。
そのとき歌謡曲が流れてきて、それを聴いて一気に切なくなった。前向きな別れの歌。
大人って、みんなこういう感情を抱えて生きてるんだなと思った。

好きだけど、仕方ない。この思い出を抱えていこう。みたいな感覚、すごく分かると思った。
これが大人になるってことなんだ、この感覚が分かるようになるのも人生なんだ。

そう思った次の瞬間、「あれ?」と思った。
私が本当に味わいたい感覚はこれでいいのかな、と疑問がわいてきた。切なさは美しくて、大人なら誰でも抱えている。
それを大切に持つことで、これからも生きていける。

だけど、今、この感覚がいるのか?
きれいになにかを納得させようとしてないか?

やめた、と思った。
今は、この感覚はいらない、と決めた。
そうして私は彼に連絡して、そのあと結婚することになった。

連絡しなかったら、あのとき切なさにひたっていたら。
今の私は、どこかの未来の私の「もしも」になっていたかもしれない。
あのとき、今は切なさいらないと決めてよかった。納得しなくてよかった。

物語に、「もしも」は欠かせない。ただのハッピーエンドじゃつまらないから。
だけど人生には、「もしも」を残さなくたっていい。全部思い通りにしてしまってもありだと思う。

そして切なさは、どうしようもないときまで取っておく。だって空を見上げるだけで、勝ってに切なさなんて湧いてくるものだから、無理に作らないでいいはず。

どっちを選んでもそれは好みだと思う。切なさを享受する方が、きれいで収まりのいい場合もあるだろうから。そうするしかないときも、きっとある。それでも私は、選べるときには、なるべく納得できる方を選びたい。

物語と人生。似ているようで少し違う。
どっちが大変かな。私には物語の方が大変に思える。人生はやり方しだいで、ハッピーイージーモードにできる気がしている。まだまだ甘ちゃんなのかもしれないね。それでもまぁいいや。

物語を観たり読むのが好き。なんなら作るのも好き。「もしも」や切なさが盛り込まれていると、なおよい。
だけど、人生の作り方は、それとは違っていいと、よく覚えていたい。

#コンテンツ会議 #エッセイ #映画


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