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永久保存盤

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擦り切れるまで読み倒したいnoteをまとめています
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記事一覧

私が感じるこの世界は本物なんだろうか

 北緯4度ちょっと、東経73度ちょっと、日本から7000km超、そのあたりを漂っていた。文字通り洋上を漂っていた。なぜなら、島へ向かう船がエンストしたからである。暗闇にディベヒ語が飛び交っている。自分ではどうしようもないし、状況が分からな過ぎてぼんやりしていた。空気は生ぬるくて潮くさい。 🎨 「つめてーのな」 いつもと同じ何の非もない対応をしたはずだったけど、私が仕切ったミーティングで、相手方の部署のタニさんはそう言い切った。私が属しているのは総務的な統括部門で、タニさん

靴デザイナーが解説!靴イラストの描き方

どうもイラストレーターのみえです。 実は靴デザイナーもやっています。 仕事柄わりと常に靴を観察し、絵型なんかも描いているので、靴のイラストにはこだわりがあって、それなりに描ける自信もあります。 プライベートでイラストを描いていたり、色んなイラストレーターさんの絵を見たりする機会も多いのですが、「あぁっ、この靴は構造的にこうはならないんだけどな…」とか「なんか靴だけバランスがヘンだな…」みたいな違和感を感じることがあって、皆さん結構靴を描くのって苦戦しているんじゃないか、と

「ごめんなさい 救助のヘリじゃなくてごめんなさい」

「来ていますよ、津波。来ている、来ている! 川を上って来ていますよ! 正面」 それまで冷静だったパイロットの緊張した声で、カメラを前方へと向けると、名取川を津波が遡上してくる様子が確認できた。 午後3時54分。ヘリの映像が、テレビで生中継され始める。 白波がザーッと川を上ってくる様子の撮影を続けていると、再び前方の席に座るパイロットと整備士の叫び声がした。 「海、海、海。もっと左、左、左」 カメラマンの座席は後部右側。真ん前や左側はよく見えない。指示された側にカメラ

君が生まれて、人生の主役は交代したか

「子どもが生まれると、人生の主役が交代する。」 そんな話を聞いた。正直に言って、君が生まれる前は不安を覚えていたし、カチコチに身構えていた。 「子どもが生まれたって、自分の人生の主役は自分自身だ。」 そんな話も聞いた。どっちだよ。辞書を引くと、主役とは「ストーリーの中心となり、物語を牽引していく人物」とある。つまり主役が交代するということは、君が僕の人生を牽引していくということだ。そんな気もしたし、やっぱり違う気もした。 生まれて2ヶ月くらいが経ったので、思うところを

酒を飲み過ぎたおかげで天皇陛下からレスを頂戴した話

時は2018年8月5日。北海道の短い夏、真っ只中の日曜日のこと。目を覚ますと、それはそれは酷い二日酔いであった。 前日、私は結婚式に出席し、素敵な女性とゴールインした友人を祝い、ワインをたくさん飲んだ。そのまま二次会にも出席し、ビールをたくさん飲んだ。更にみんなと別れたあと一人で寄り道をし、日本酒を飲んだ。そして帰った。おそらく帰った。記憶はないが、こうして無事に自室のベッドにいることが何よりの証拠と言えるだろう。そう、これは納得の二日酔い。ただ楽しい夜があった、それだけの

道草。

小学生の頃、家から学校まで近いことがイヤで仕方がなかった。 まっすぐ帰れば5分の帰り道を、わざわざ2時間くらいかけて帰った。 遠方へと帰ってゆく友達が、つれだって走り、ドつき合い、ジャンケンしながら下校するのがうらやましくて、時々、彼らに混ざり意味もなく遠回りして帰ったこともある。 家と家の隙間を通ってみたり、塀を越えてみたり、網の裂け目をくぐってみたり。新しい通学路を開拓することに執念を燃やしていた。 家に着いたころには夕方5時をすぎていて、親にこっぴどく叱られる。それ

星は二度、消える【短編小説】【3000字】

惑星が消失した、というニュースを見た。 その日の深夜、わたしはコウちゃんと消滅した星を観測するために、近所の公園へ足を運んでいた。どの星かな。あれじゃない?これかもよ。言葉を交わすたびに漏れる息は白い。都会の中でもわたしたちの住まいは明かりの少ない土地のはずだが、それでも星を確認するのは難解なことだった。よく晴れた冬の夜でも、それは変わらない。 公園にいるのは二人だけで、厚手のダウンジャケット着こんだ姿は宇宙飛行士に似ていた。わたしたちは手を繋いだまま滑り台をのぼる。片手

新しい朝が来た

 彼らがその朝が古びてもう使い物にならないことに気づいたのはすでに夜明けの近い時刻になってのことだった。 「まずいな」 「ああ、まずい」そして、腕時計を見る。決断しなければならない。古びた朝を無理矢理迎えるのか、それとも急拵えであっても新しい朝を作るのか。 「俺たちだけで?」 「できるか?」 「ふたりで?」 「いまから誰かを呼ぶことはできないだろう。できるか?」 「わからない」もう一度腕時計を見る。「でも、迷ってる時間もないぞ」  新しい朝を作るのなら古びた朝は壊さなければな

ふたりのキャバ嬢とおじさんの弾丸ディズニーランド

10年ほど前、 私は、指名の取れないキャバ嬢だった。 クリスマス間近のある日、お店の人気キャバ嬢と、そのお客さんの3人で、なぜか「東京ディズニーランド」へ行くことになった。 あの日、私はひとつだけ、後悔していることがある。今日はクリスマスだから、その話を書こうと思う。 キャバクラは、いろんなタイプがある。 キラキラした高級なところ、ガールズバーに近いカジュアルなところ。私が一時期働いていたお店は、ちょっと高級風……を醸し出してる普通のキャバクラだった。クリスマスシーズ

【連作短歌】たぶんつばさが生えていました

昼休みカーテンゆれる君の背に たぶんつばさが生えていました うまれつきいい奴みたいな顔をして渡す置き傘 恵みの雨の 少年は恋のルールをキスで知るアウトでいいよもう負けている あなたの喉の骨をなぞってわたしたちが大人になってゆく夏 「愛 恋 違い」をGoogleに子どもらが問う夜のファミレス さよならを失う冬にさよならと言えず重ねた手と手と口と すきな人がよく眠れますようにと明日の未読に宿る祈りが 🍓🍓🍓 武田ひかくんと、短歌の『いちごつみ』しました。発端は

死んでから永い

あれは京都だったか。 幼い私の背丈を超えて、紫陽花はどこまでも続いていた。 春先で、花はまだない。瑞々しい萌芽が色あせた枝から次々と湧き出ていた。 ひいばあちゃんに手を曳かれ、俯きながら歩いていた。喜寿の祝いの小旅行。 皺だらけの乾いた手は馴染みがなく、私は少し怯えていた。 「あ…」 紫陽花の根本に白く光るものを見つけて立ち止まる。 「どうしたぁ?」 低くしゃがれた声が優しく降ってくる。 カタツムリの白い殻。 ひいばあちゃんはそれを拾いあげ、私の手に乗せてくれた。

パンを捏ねるように

パンを捏ねる時、最初に小麦粉を図る。それから砂糖、塩を少し。 レシピにもよるけれど、水だったり卵だったり、牛乳だったり。とにかく液体を、粉が入ったボウルにそそぐ。そして混ぜる。 最初は、手にべったりついて、どうしようもない。 必死に五指にこびりつく粉を振り払って、何分かむぎゅむぎゅとこね回すうちに、なぜだかわからないけれど、一塊になる。 それを台にだして、更に捏ねる。伸ばして、たたいて、捏ねる。 そうするとまた、なぜだかわからないけれど、そのうち「パンの生地」になる。さっき

帆を張り、風を受け、海へ。

高校一年生の夏、私はニュージーランドにいた。 二週間の短期留学で訪れたタウランガという海辺の町は、空が高くて、海が広い港町だった。 日本は夏、南半球は冬。 あの海を、今でも覚えている。 広くて、冬の太陽をうけてきらきらと水面がゆらいでいた。風の強い日は波が高くて、ざあざあと音を立てていた。 海のない県で生まれ育った私にとって、海とはタウランガの海のこと。 知らない土地の、知らない言葉の、知らない文化の、その中でみつめたあの海のことだった。 「はつか」というハンドルネーム

『冷蔵庫の中から愛を込めて』2020.11.29