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19: 逃げられない国の住人たち J

加藤隆弘(かとう・ たかひろ)
九州大学大学院医学研究院精神病態医学 准教授
(分子細胞研究室・グループ長)
九州大学病院 気分障害ひきこもり外来・主宰
医学博士・精神分析家

『みんなのひきこもり』(木立の文庫, 2020年)
『メンタルヘルスファーストエイド』(編著: 創元社, 2021年)
『精神分析と脳科学が出会ったら?』(日本評論社, 2022年)

木立の文庫で来月刊行の本は
このnote連載が土台となっています。
『逃げるが勝ちの心得――精神科医がすすめる「うつ卒」と幸せなひきこもりライフ』

巻頭で「にげられない」シーンのバリエーションをお示しします。

☆『みんなのひきこもり』に引き続いて
 おがわさとしさん〔京都精華大学マンガ学部教授〕が
 私の原稿を読み込んで「ひとコマ漫画」として描いて下さっています!!

最終回

逃げられ編

——辞めていく職員に腹を立てる上司Jさんは…


〇 大学卒業後、現在の会社に就職し、営業一筋三十年のキャリアを持つJさん。
○ 成績も秀でており、顧客や上司から絶大の信頼を得ていました。こうした実績が評価され、五年前、会社が某地方都市に進出することになった折、支店長に抜擢されました。

○ 学生時代から体育会系で、会社に入っても、上下関係を重んじて、上司や顧客から誘われた飲み会やゴルフには欠かさず参加していたJさんにとって、上司や顧客とのこうした親密な関係は、かけがえのないものでした。
○ 支店長になって「これからは自分が上司の立場で、部下を叱咤激励せねば」と意気込み、新規採用した部下たちを引き連れて飲み会を、節目節目に催していました。飲み会では部下達の営業の成績を上げるべく、自身のこれまでの成功談を語り、時には営業で成果の上がらない部下に厳しく叱咤することもありました。

○こうした叱咤は、Jさん自身が若い頃に上司から得てきた激励であり、Jさんとしては当然の振る舞いと思っていました。そうしたなかJさんの支店では、「この会社にはついていけません」と逃げるように突然退職する職員が続出することになったのです。
○ Jさんは「自分の叱咤激励が足りないのでは?」と思い、飲み会やゴルフの誘いを増やしましたが、効果が出るどころか、ますます離職者が増えており、「なんでオレから逃げていくんだ!」と立腹することが増え、部下への当たりが以前より強くなってきました。

○ 本社の役員からは『君の支店はどうなっているんだ!? つぎつぎに離職者が出ているじゃないか!』と叱責を受け、この頃より、健康診断では高血圧を指摘され、胃痛や頭痛に悩まされている日々を送っています。

——どうしてJさんはこれほどまでに、逃げた部下に腹を立てているのでしょうか。
——そもそも、なぜJさんは、逃げる部下の気持を理解できないのでしょうか。

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