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菅野完さんが月刊日本で唱える「ノイマンダー」について

なぜ菅野完さんの「選挙制度改革」はダメなのか

 「月刊日本」で連載している著述家菅野完さんの「近代という難題」では、選挙制度の問題点と選挙制度改革について触れています。しかしながら、選挙制度に関する理解や近畿地方の現状分析が非常に甘いため読むに値しない記事となっています。
 まず、菅野完さんが全く触れていない事実について述べますと、現在の選挙制度は一票の格差に関する裁判所の判決に従って改正されています。現在の違憲判決の重みは、最高裁判所で違憲であると判断された法律がすべて改正されていることからも明らかであると思います。
 かつては、刑法の尊属殺人重罰規定が違憲であると昭和48年に最高裁判所が判決を宣告し、その後に運用により尊属殺人が通常の殺人罪として取り扱うように法務省が通達を出していたものの、その規定が削除されたのが歴史的仮名遣いであった刑法を現代の仮名遣いに改正する平成7年の刑法改正まで規定そのものは残り続けたような事例もありました。この事例での法務省の意図は、最高裁判所の判例変更がなされた場合に尊属殺人重罰規定を即座に運用においても有効とすることにあると言えるでしょう。ただ、現在において裁判所の違憲判決が持つ意味は当時と比較しても非常に大きくなっており、法律改正にあたっても憲法との適合性を視野に入れておくことが肝要となっています。

大阪府を衆議院比例代表の近畿ブロックから独立させる案について

 菅野完さんは、衆議院比例代表において、東京ブロックが単立となっているのに対して、近畿地方で大阪府が単立のブロックとなっていないことを現在の選挙制度の問題点として掲げ、その根拠として大阪府が人口集積地であることを挙げています。しかしそれは正しいのでしょうか。
 総務省統計局「統計でみる市区町村のすがた2023」により都道府県を人口の多い順に並べると上位は次のようになっています。

東京都  14,047,594人
神奈川県  9,237,337人
大阪府   8,837,685人
愛知県   7,542,415人
埼玉県   7,344,765人
千葉県   6,284,480人
兵庫県   5,465,002人
北海道   5,224,614人
福岡県   5,135,214人
静岡県   3,633,202人
茨城県   2,867,009人
広島県   2,578,087人
京都府   2,578,087人

総務省統計局「統計でみる市区町村のすがた」

 ここからわかるのは、単立ブロックである東京都と比較して大阪府の人口が相当少ないばかりでなく、神奈川県よりも少ないことがわかります。また、また、東海ブロックの人口集積地である愛知県や北関東ブロックの人口集積地である埼玉県と比較しても、東京都と他の道府県との差と比較するとわずかな差というレベルであることが分かります。
 また、関東地方では単立ブロックである東京都に迫る人口を有する神奈川県、埼玉県、千葉県があり、これらの人口は近畿地方で人口第2位である兵庫県より多いということがわかります。この人口をもとに現在の東京ブロック、南関東ブロック、北関東ブロック、近畿ブロックの人口を比較すると次のとおりとなります。

東京ブロック   14,047,594人
南関東ブロック  16,331,791人
北関東ブロック  14,084,030人
近畿ブロック   20,541,441人

総務省統計局「統計でみる市区町村のすがた」から

 そして、大阪府と近畿地方の他の府県を分けると次のようになります。

(仮称)大阪ブロック   8,837,685人
(仮称)近畿ブロック  11,703,756人

総務省統計局「統計でみる市区町村のすがた」から

 菅野完さんの選挙改革案がそれほど飛びぬけた人口集積地ですらない大阪府を近畿ブロックから分離させるということが菅野完さん比例代表の改革案の根拠である「人口」から考えてみても歪な「ノイマンダー」であることがわかります。そもそも菅野完さんのおっしゃる人口集積地と農村漁村地域との分離についても、東京ブロックは島嶼部とともに農村の多い西部の山間地域を抱えていますし、それは北関東ブロックでも南関東ブロックでも同じです。つまり、人口集積地と農村・漁村地域や山間地が同じブロックに含まれているというのは菅野完さんの詭弁でしかないわけです。

菅野完さんの選挙制度改革を適用した後に待っている未来

 「月刊日本」の「近代という難題」において、すでに小選挙区で日本維新の会の衆議院議員候補が近畿ブロックで当選することを批判していたように、菅野完さんの選挙制度改革は特定のイデオロギーに基づいてそれに好ましい選挙結果をもたらすための「ノイマンダー」であることが明らかになっています。このような選挙制度改革に基づいて衆議院総選挙や参議院通常選挙が施行されればどうなるでしょうか。その意図が透けて見えるだけに最高裁判所で前代未聞の選挙無効判決が言い渡される危険性すら否定できないと私は思います。

よりよい選挙制度のために

 これからの人口の増減の動向を想定すると、地方都市から首都圏などへの人口移動は避けられないものとなり、人口密集地と過疎地の二元化がますます進むと思われます。そのような人口増減の結果、一人も国会議員を輩出することができない広大な地域と、ほとんどの議員を輩出する限られた人口密集地に分かれるという未来が見えてくるわけです。それは地域格差を更に拡大させることへとつながりますから、その動向がますます加速化します。それはゴーストタウン化した元地方都市の治安の悪化を招きますし、その治安の悪化が人口密集地に影響がないなどということはないでしょう。そして、それは菅野完さんが後出しのように述べている議員数の増加などで対応できるものではないのです。
 そのためには、選挙区や定数の検討の際に有識者会議を開催して日本弁護士連合会から委員の派遣を依頼するなどして選挙無効の訴訟を提起する弁護士に配慮するとともに、裁判所が違憲判決を出しにくい検討過程を経て選挙区や定数の改正を行うなどの選挙制度改革を積み重ねて、地域代表としての国会議員の存在が理解されるように努めるべきであると私は思います。