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EP 02 星の詠唱(アリア)01

 始まりの因果。

 満点の星が瞬く空。

 星の見える小高い丘。

 この場所は、かつて4人の少年少女が共に笑い、時に泣いたそんな場所。


 ここに訪れるのは、銀髪に橙色の瞳を持つソフィと言う名の、一人の自警団の団長候補へと成長した少年。
 訪れるものと言えば最近はこの彼のみ。そんな寂しく忘れられた場所となっていた。

 ソフィは自警団の仕事を終えた後、個人的に昔から仲良くしてきたヤチヨとヒナタという二人の女性が一緒に住んでいる家に寄って、その後、久々にこの場所へと向かっていた。

 だんだんとその場所が見えて来るにつれ、いつもとは違う違和感、変化を感じていく。

 ソフィはそう言った小さな変化にはとても敏感な男であった。

 そんな彼が感じた違和感の正体。その理由は到着してすぐに判明する。
 珍しい事に既に、自分以外の先客がその場所にいたのだ。
 こんなことはこの星の見える場所を彼が見つけてから記憶になく、初めての出来事であった。

 ソフィはゆっくりとその人物に近づき、物珍しさからその人物に思わず自然と声をかけてしまった。

「えーっと……君はどうしてここに?」

 目の前の少女に向け、ソフィは自分の疑問を口にする。

 自警団に所属している彼は、自分よりも年上の人間と接することは多くても同い年ぐらいの人間、それも女の子と一対一で接するという経験がなく、ほぼ初めて言っていいような機会だった。

 ソフィは自分でも分かるくらいに自分が緊張していることをはっきりと理解していた。

 鼓動を落ち着かせるために、出来る限り他のことを考えることにした。
 星の見える場所……その名称はソフィがヒナタとヤチヨとこの場所に訪れた際に教えてもらったものであった。

 そう、今いるこの場所の存在を知っているのは彼だけではなかった。

 偶然ではあるが、ヒナタやヤチヨにとってもこの場所、星の見える場所は特別な場所だった。

 二人にとって昔はとても思い出深い良い場所であったが、今は訪れると少し寂しい気持ちになるので、行くことはなくなってしまったとソフィは聞いていた。

 だから、今この場所に来るのは自分しかいない……そう考えていた。

「わかりません、気づいたらここにいました」

 先ほどからの思考を止めるように、目の前の女の子が口を開く。

「そう、だったんだね」

 彼女は、たまたまこの場所にたどりついただけ。

 ソフィは、この場所は知らなければたどり着くことのない場所であると思い込んでいた。

 ただ、それはこの場所は森の奥にあり、複雑な場所にあるので気軽に訪れられる場所でないというだけであって、特に何の理由もなく闇雲に森を進み、迷い込んだというのであればこの場所に来ること自体は容易な事ではあった。

 ただ、もしかしたら何らかの理由で導かれたのかも知れないとも同時にソフィは考えた。彼女は迷い込んだのではない……きっと呼ばれたのだ……この星の見える丘に……なんて、そんな空想も頭をよぎる。

「はい」

  だが、これ以降二人の間に会話はなくただ無言の時間が流れていく。



 二人でただじっと見つめ合い、目の前の彼女はじっとソフィをその大きな瞳で見つめていた。

 そんな彼女に対して、ソフィは顔を逸らすことも出来ず、結果的に目の前の彼女と見つめあっているという状況になっていた。
 そもそもどうして自分は目の前のこの子に声をかけてしまったのだろうか……とソフィは自分の行ないに後悔し始めていた。


 目の前の彼女が一人で静かに星空を見上げていたかったのを自分が声をかけたことでその邪魔をしてしまったのかも知れない……と。

 表情は暗くて良く見えてはいないが、声色だけで判断すれば少し不機嫌そうにも聞こえる。


 ソフィはこれ以上、彼女の楽しみを邪魔をしてはいけないと思った。
 自分がいなくなれば、きっと彼女は自分が来る前の一人でいた時のように夜空をゆっくりと眺められる。
 じっと見ているのも、早くいなくなれという無言の圧力なのかもしれない。


 この場所に来たければ、今日でなくてもまた近いうちに来れば良いのだから……とソフィは視線を外して帰ろうとした。

 「……あっ、それじゃあ、ボクはこれで……その……邪魔してゴメン……ね」

 そう言って踵を返し、少女に背を向けその場を去ろうとしたソフィの右手の袖を目の前の彼女が遠慮がちに掴む。

 「えっ? あのーー」

 その予想外の彼女の行動にソフィの思考は止まった。
 さらにその彼女は袖を掴むだけではなく、夜の暗闇の中でもはっきりとその表情がわかる距離までソフィに顔を近づけた。
彼女のどこまでも透き通って吸い込まれそうな左右で異なる色を持つその瞳に言葉を失ったまま固まる。

 「あのーー」
「あなたは、あのきらきらした何かに詳しいのですか?」

 ソフィの言葉を遮るように彼女が口を開き、目の前のキラキラとした夜空に向けて指をさした。

「えっ!? キラキラした何か? もしかして星のこと?」

 そう答えたソフィの答えによって、彼女は自分の興味を引く存在が星という名前であることを知ったようで目をぱちくりとさせる。

 星……彼女の心をなぜなぜとさせ、どうじにわくわくさせる星という存在。
 彼女はそんな自らの気持ちに素直にもっと知りたいと強く思ったようで袖を掴む手に力がこもる。

「星……はいっ! ワタシ、その星というもののことが、知りたいのです」

  彼女がそう言うと、ソフィは少し悩んだ顔をした。
 諦めることができないのか彼女はソフィに何度も何度も星について教えて欲しいとお願いを続け、その彼女の熱意に負け彼はついに首をようやく縦に振った。

彼女はこれでようやく自分の疑問を解決できると思ったのか穏やかな空気を纏う。

 「でも……ほんとうにボクでいいの?」

 ソフィが恐る恐る目の前の彼女に改めて聞いた。
 彼女からすれば何故、そんなことを聞くのかはわからないこと。
 ただ自分のこのなぜなぜを目の前の名前も知らない誰かに教えて欲しい。それだけだった。

「はいっ! 教えて、ほしいです」
「その……実はボクもそんなに詳しくはないんだけど……」

 思わず困ったように頭をかいた。

 目の前の少年は少女が星について教えて欲しいとお願いして一度は良いと言ってくれたのに、どうしてすぐに教えてくれないのだろうと思った。
 目の前の誰かが意地悪な人なのかも知れないと一瞬思いもしたが、それは違うとすぐに目を見てわかった。
 そんなに意地悪な人であるなら自分が困っている姿を見てきっと笑うはずで、こんなに困った顔をすることはないだろうと思い至る。

「? 教えて、くれないのですか?」

 ソフィは再び迷っていた。一度は目の前の彼女が何度も何度もお願いしてくるので、その願いを聞こうと思った。

 けれど、きっと自分ではその目の前の彼女の星に関することを教えて欲しいという強い願いに応えられるほど、星についての知識は持ち合わせていなかった。

 彼女が星の何について知りたいのかはわからない……。

「えーっと……星の何について知りたいのかな……?」
「はいっ! 星について教えて欲しいです」

 目をキラキラさせて自分にそう言った彼女は質問に何の答えもくれなかったが、一つわかったことがあった。

 的を得ない解答ではあったが彼女は、自分をからかっているわけでもなく。純粋に星について教えて欲しいと頼んでいるのだということを。

 しかし、ソフィは余計に困ってしまった。

 持ち合わせている星に関する知識といえば、自警団の座学の時間で習った基礎的なもの。それとロマンチックなものが好きなドライの話を聞き役として聞いたうんちくや逸話程度しか知識がない。

 仮にここに博識なヒナタがいたなら、自分よりも星に関しての疑問に正確に答えてあげられたことだろう。
 目の前の彼女を見ると、ソフィが彼女の願いに答えられないかも知れないという不安ではなく、彼が何も教えてくれないのではないかという不安を込めた目をしているように見えた。

 ソフィはその目を逸らすことができず、出来る限りの事は話してあげようと小さく頷いた。

「いや……教える、よ」

 そう答えると、目の前の彼女は少しだけ嬉しそうな表情を浮かべたように見えた。暗がりでちゃんとは見えないが確かにそう見えた。

 「えっ、えーっと……」

  そうはいっても、急に星について詳しくなれるはずなどない。それでも、ソフィは自分の知る限りの星に関する知識を彼女へと一生懸命に伝えることにした。
 そのほとんどは誰もが知っている、自警団で真面目に座学を聞いていればわかるような基本的なものでしかなかった。

 時折、ドライの言っていた雑学なども織り交ぜながら話したので、ソフィ自身もまとまりのない会話だったと反省してしまうような伝え方であった。
 ただそんな支離滅裂な内容の話を目の前の彼女は不思議そうな顔で、時折小首を傾げつつ、ソフィに対して文句をいう事も話を遮ることもせずただ黙って聞いてくれていた。

 相槌も表情すら変えることもなく、ただ黙って聞いている彼女に話をしていて不安な気持ちはあったが、それでもソフィはただひたすらに星について話し続けた。
 話をすることに必死になりすぎていたソフィはいつしか息をすることすら忘れていた。

 話の途中で突然苦しくなりソフィはゲホゲホと咳込み、大きくそしてゆっくりと息を吸い込み、そしてふぅーっと吐き出した。
 彼女を見れば、心配そうな表情をしていた。

 ソフィが小さく笑顔を見せると、彼女は安心したような表情を浮かべる。
 自分がこんなに長い間、人に向けて話をしたのはいつぶりだろうか? 思い返してみれば初めてかもしれない。

 基本誰かの話を聞くことが多かったし、何より自分から話すことが苦手であった。
 自分が話すよりも自分より知識のある人が話した方がきっと良い……といつもソフィは思っていた。

 自分は誰かに話すことよりも、誰かの話を聞く方が好きだったはずなのだから。


つづく



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