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127 水流を越える術

 川の岸辺すぐそばにある杭の上へとふわりと一足飛びに器用に乗って一度、じーっと川上を見つめる。

「杭がずっと等間隔に並んでますね。一見すると川の中で流されそうになった時に掴まる用にある棒にも見えますけど」

 まずは対岸まで軽やかに杭を渡って戻って来たシュレイドは開放感のあるこのロケーションに大きく深呼吸をした。

(懐かしい感じがする)

 昔、山の中の深い森を独りで駆け回っていた頃の事を思い出す。
 ただひたすらに山に登り、小屋に戻る事を繰り返す日常。縦横無尽に山の中で動き続けた遠いあの日。
 
 記憶の中にある水の音が忘却していた過去を連れてくる。

 ザァーっと耳に飛び込む自然の音はシュレイドの胸を落ち着かせる。

 杭の上で身体もブレずに真っすぐ立ち、対岸まで小気味よく跳び渡り戻ってきたシュレイドの様子を見て生徒会の面々は感嘆の息を漏らす。

「なるほど、杭の上を進む。という方法ですのね」
「確かにそれなら水の抵抗もねぇし進みやすそうだナ、やり方は今見たし、なんとか、なるかァ?」

 エナリアとアイギスが方法を理解して納得している。

「ええ~、みんな本気で言ってるの? 私にはちょっとむずかしそうなんだけどなぁ」

 エルがおずおずと手を挙げる。シュレイドが余りにも簡単そうに飛び移る為に誰でも出来そうな気配が漂うも、実際にはかなりの難易度であることが誰の目にも明らかだった。

「エルの言うとおり確かに俺にも難しそうだ。杭が細すぎる。丸太のような太い木だったら俺もいけそうだが」
「私もです。残念ながら大双刃斧を持ったままで飛び移るのは難しそうです」

 ガレオンとスカーレットもその手段に対しての不安を口にする。

「あ、そうですか? これ難しいんですね……すみません」

 シュレイドは首を傾げて困った顔をする。だが次の瞬間にリーリエの声が飛んでくる。

「なぁシュレぴっぴ、それって何人まで担いで行けるんだにゃ?」

「あ、えーと、そうですね。3人くらいまでなら問題なくいけそうです」

 一瞬、シュレイドの回答に思考が飛ぶ生徒会メンバーを横目にリーリエが指示を飛ばした。

「んじゃ、ヘアバンドちゃんとギザっ歯ちゃんはなんとか自分で行けそうだから、ドデッカくんと、ボキュボンちゃん、アミアミちゃんを手分けしてシュレぴっぴとディアナくんで運ぶとしようかね」

「ちょ、リーリエさん」

 ガレオン、エルの、スカーレットの事だろうか? リーリエの独特な呼び方はその特徴だけを表しており誰の事かだけは全員に伝わっていた。
 しかしディアナはその方法に待ったをかけようとする。

 リーリエはディアナの言葉を気にするでもなく、一度杭の上から岸へ飛び降りてきたシュレイドの頭を背伸びしてぽんぽんと叩きながらむぎゅりと目尻に皺を寄せた。
 そのあまりにもへたくそな作り笑顔に全員が吹き出しそうになる。

「師匠。な、なんですかこれは?」
「ふふ、必殺頭ポンポンじゃ。誰かに何か頼みごとするときに先手を打ってやるといいんじゃぞ。微妙に断れなくなるから……なるだろ? ん?」
「で、その顔と口調は一体なの意味が?」
「これはリーリちゃんによくこれをしてきたお偉いさんの物真似だにゃ。なるほろ、やる側はこんな気持ちになるのな、ふむふむ、新しい観点だ」

 何かに納得したようにリーリエはこの障害物を越える布陣を指示する。

「んじゃぁ、担当としてはシュレぴっぴがボキュボンちゃんとアミアミちゃんを担いで、ディアナくんがドデッカくんを運ぶ、リーリちゃんはしんがりで万が一の落下者のフォロー、これでどうかね?」

「だからリーリエさん。なんでシュレイドが二人なんです? 一人はともかく二人など無理に決まってるでしょう? 一人ずつ私達が運べばいいではありませんか」

 ディアナの指摘にリーリエは顔を思い切り逸らした。

「うぐっ、いや3人いけるって言ってるしぃ、2人くらいは余裕の極みでしょ」

 肉体労働を出来る限り避けたいリーリエはぐぬぅとした表情で奥歯をギリギリ噛んでいる。よほど運びたくないと言った様子で譲りそうにない。

「いや、まぁ、なんていうかぁ、もうリーリちゃんは~、外をこうして走るだけでもぉ、随分と頑張ってるほうといいますか~、限界っていうかぁ」
「……リーリエさん?」
「アヒィ、あ、えーとその、あー、そう! これも修行、修行の一環なのよディアナ君!! シュレぴっぴのため! ね? シュレぴっぴ! そうよね? そうだと言ってくれにゃ!!」

 そう言ってうるうるとした眼をシュレイドに向けるがディアナの視線は川の水よりも冷たそうだった。

「はぁ、リーリエさん?」

 呆れるディアナへの視線が激しく動いて明らかに動揺している。その姿を見て生徒会の面々はリーリエが九剣騎士シュバルトナインである事がやはりどうにも信じられないでいた。

 一つ目の障害物では生徒会のスカーレットに飛ばしてもらっていた上に、二つ目の障害物ではディアナとシュレイドに任せ、リーリエが寝転がり鼻をほじっていた姿さえ目撃してしまっている。

 自分たちが想像していた国の騎士の姿、ましてあの九剣騎士シュバルトナインと呼ばれる人物の一人の姿とは思えない大きく剥離したその行動、姿に不信感すら募り始めていた。
 ディアナの立ち居振る舞いとの差から尚更そう見えてしまっている。

「ディアナさん! 師匠の言うとおり修行というなら、俺はただ言うとおりにやるだけなんで大丈夫です」

「「え?」」

 ディアナとスカーレットが驚いてみると、楽しそうなシュレイドが目に入る。視線を向けるや否や、シュレイドはリーリエの指示の通りの行動を開始する。

「エルさん、スカーレットさん、失礼します」

 そういって二人の背後に回りしゃがみ込む。

「え、え? 何するつもりなのぉ?」
「む?」
「登り切るまでは動かないでくださいね」

 そのまま二人の膝裏から姿勢を落として肩へ担ぎ上げた。勿論、スカーレットが持っている大双刃斧も含めてスッと立ち上がる。

「え、ちょま、マジでいけんのシュレぴっぴ?」
「あ、はい。3人運ぶなら後は背負えばもう一人くらいまではなんとか」
「へ、へぇ、すごいわね」

 九剣騎士シュバルトナインの二人も唖然とする。リーリエはあわよくば自分が楽をしたいと思ってなんかそれっぽく言ってみただけで、最終的には仕方ないかと諦めそうになっていたところだった。
 ディアナも平地を運ぶという状況なら二人くらいは自分も運べるだろうとは考えていたが、まさか杭を飛び渡るというバランスを取るのが難しい状況で更に平然とした顔でもう一人を運べるなどと発言されるとは思っていなかったのだ。
 確かに先ほど3人運べるとは言ってはいたもののリーリエとのやり取りであった為、それは何かの冗談だと考えていた。
 

 困惑するエルとスカーレットを担ぎ上げたままシュレイドは杭の上へと飛び乗る。

「これ、え、え、シュレイド君?」
「ちょ、ぅひえっ、ほんどに飛んだんけ!?」

 二人ともあまりのも突然の事に動揺している。ただ、浮遊感がありつつもその安定性から恐怖はない。
 自分たちの体重をものともしないその跳躍にただただ驚くばかりだった。

「それじゃ先に向かいます!」
「ちょっ、ちょっと、その、身体に触れられるのは……」

 見るとエルが珍しく赤面して慌てている。このような姿を見るのは珍しい。

「あ、エルさんすみません。やっぱり師匠に変わってもらいましょうか?」

「……あ、その、ええとぉ」

 エルは俯きながら首を振って呟く。

「ううん、だ、大丈夫よぉ。お願い」

「分かりました。なるべく早く登り切りますんで」

 
 そういうとあっという間にテンポよくどんどん杭の上を飛び渡って川上へとシュレイドは向かっていく。

「おお、すんげぇなぁ」
 スカーレットは大双刃斧ごと持ち上げられている自分の状況に唖然とし、流れる景色に身を委ねた。
 風を切ってスカーレットの長いおさげがはためく。

 あっという間にシュレイドの姿は小さくなっていく。周りからもどよめきが起こる。この障害物の攻略方法として理にはかなっている上に軽くこなしてはいるが、それほど簡単な方法ではない。
 
「へぇ、やるじゃねぇかあいつ。ミレディアの言う事もまんざら嘘じゃないのかもナー、にしてもエルのやつ、ぷくく」

「どうしましたのアイギス」

 エナリアが不思議そうに首を傾げるとアイギスはケタケタと笑いながら腹を抱える。

「いや、あいつ自分から男にくねくね迫る癖に、迫られるのはてんでよええでやんの、いつも澄ましてやがんのにあんな面は初めてみたぜ、クソ面白れぇ」

 アイギスはゲラゲラ笑いだした。

「そう言われてみれば確かにそうね。けど、エルのそんなところも可愛らしくていいと思いますわ。あれはカレッツが見たらさぞ喜ぶでしょうね」

 エナリアもフフっと笑って見せると表情を切り返る。

「さぁ、皆、私達も続きますわよ!!」

 不可能ではないとはいえ、エナリアにも簡単ではなかった。一歩ずつ確実に杭に飛び移っていく。
 アイギスはシュレイドの動きと実際の行動で感覚を掴んだのか数本の杭を飛んだところで速度を上げて飛び渡って川上へと向かっていった。

「流石ねアイギス」

 エナリアもそれを見て負けじと自分の槍を胸元の付近で、左右に伸ばすように槍の中央を掴んで不安定な杭の上でのバランスを取る方法で飛び渡っていく。

 生徒会班と九剣騎士シュバルトナイン班が揃って杭を利用して川上へと進んでいこうと進んでいると後方がやけに騒がしくなっていた。
 だが、今はそんな事に気を取られている場合ではない。コースももう後半だ。
 そろそろ先頭の班の集団を捉えなくては間に合わない。

 生徒会のもう一つの班が何かしらを行っているが打ち合わせの時間もなく、どのような手段で足止めをするのかも分からない。可能な限り急がなくてはならないとエナリアは僅かな焦りが滲む。

「あっ」

 考え事をしていたせいか僅かにバランスを崩しかける。

「ほっ」

 そんなエナリアの身体を支える手の平があった。

「君がリーダーでしょ? ここで落ちたら洒落になんないゾ」

 視線を向けるとそこにリーリエが居た。

「あ、あの……リーリエ、さま?」

「ん? どちたの?」

 キョトンとするリーリエだが、明らかにその立ち位置がおかしい。

「水の上に、、、!?」

「あ、やっべ。まいっか。……これはリーリちゃんの機密である。ディアナ君には黙っていてくれたまへ。仕事が増えると困るのだよ。助けたんだからそれくらいは頼むよヘアバンドちゃん」

 リーリエは水面に明らかに立っている。着水すれば沈むはずなのに自分を支えられる位置に杭は存在しない。

「……承知、いたしました」

 不思議なリーリエの力が気になりつつも、エナリアは体勢を立て直して再び川上へと飛び渡っていくのだった。

「ふぃい、咄嗟だったけど、こういうことも出来るんですよねぇ。リーリちゃんってばやっぱ天才かもしれん」

 リーリエが近くの杭に立つと先ほどの水面から飛沫が上がり手元に何かが飛んでくる。

「……さて、早くいかないとディアナ君にどやされそうだからさっさといくとするかねぇ」

 そういうとふわりと杭の上を綿毛のように飛び渡っていった。



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