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155 ささやかなる興味

 ウェルジアは食堂へと今日も足を運ぶ。
 心なしかその足取りが軽い。

 彼にとって食堂という場所はいつの間にか非常に魅力的な場所の一つとなっていた。
 
 この学園に来るまでの彼の生活を考えればそうなってしまうのも当然のことだ。
 食べ盛りの年頃であれば尚更、この食堂が魅力的な場所と感じる生徒は数多くいる。
 
 学園の食堂では一流のシェフに混じって一部の生徒が料理を出すエリアが設けられており、昼の間は多くの生徒が食堂へと集う。
 日によってはその日の食堂の料理の全てを生徒達で賄うというような事もあり、戦う事以外で重要な要素を学ぶ機会にもなっていた。

 というのも王都の騎士の中には給仕専門の騎士がおり、遠征の時の食事や戦場での兵站管理などを担う。
 その道を選ぶ卵達もまたこの学園に多く存在し、もう一つの戦場としてこの食堂で切磋琢磨しているのだ。

 騎士という存在は一般的に戦いの強さだけが目立つため、戦闘力を有している者ばかりの存在が見られがちだが単に戦闘力が高いだけでなく、他に様々な特殊技能を持つ者は国では重宝されることもある。

 その最たる存在がこうして食べ物にまつわる仕事をする騎士。

 前線に立つ者だけでは国を守る事など到底出来はしない。食も国を支える重要な役割の一つ、その中で選ばれし者達の総称として正式名称ではないものの、人々の間で彼らの事を食卓の騎士テーブルナイツと呼ぶ事もある。

 そんな道を目指す生徒が集まる食堂内でとある場所まで来てウェルジアは立ち止まる。
 好ましい場所ではあっても人混みがどうしても苦手なウェルジアは込み合わない時間を選んでここへとよく足を運ぶようになっていた。
 雑踏の中で食事をどうしても摂らなくてはならない場合を除いて彼はいつも静かな時間を好んでいる。

「……」

 メニューを見上げてしばし熟考する。最初の頃はどんなものがあるかも分からず食べ慣れたパンばかりを食べていたが、徐々に興味が湧き他の学食のメニューも少しずつ選ぶようになり、彼の味覚と食事の世界は拡がりつつあった。
 
 とはいえ時間をずらすことでのデメリットもあり、メニューを見ると数多く売り切れの札が立ち、この時間には選択肢は限りなく少ない。

「……これにするか……いや、まてしかし……」

 ジッと微動だにせずにメニューに視線だけを向けて腕組みをして悩む。そんなウェルジアの正面に躍り出て鮮やかなターンを決めながら一人の生徒が声を掛けてくる。

「へぇいボゥイ! チミィ、お悩みかぁい?」
「……」

 美しいポーズでピタリと微動だにせずに静止しているその様子はまるで彫像のようだった。一糸乱れぬポーズのまま時間が流れる。

「ん、んん。えと、君ィ、注文にお悩みかな??」

 先ほどまでのポーズを解除してなんだか少し気恥ずかしそうに照れながら聞きなおすがウェルジアの視線はメニューに固定されたままだった。

「……」
「え、えーと、き、聞こえてる? よね」

 そこで初めて視線だけを向けてウェルジアは彼を見つめ……睨んだ。

「……何か用か?」
「話しかけ方が悪かったかな? なんかごめん」
「変にうねるような喋りのことか?」
「……ちゃんと聞こえてたのね。そ、あれは有名なシェフ、ランダータ・リヴェロッチオの喋り方を真似してるんだ! 尊敬している王都で人気のレストランのシェフだけど知ってる?」
「知らん」
「あ、うん、そっか、ごめん。なんかいろいろゴメン」
「……」

 ウェルジアは会話には興味なさげに眉間に皺を寄せる。

「あの、さ」
「なんだ?」
「君、さっきからメニュー悩んでる、よね?」
「ああ」
「何に悩んでるの? もう残ってるメニュー少ないからそこまで悩むこともないはずなんだけど」
「お前に答える義務はない」
「いやまぁそうなんだけど。でも、この店では僕が料理作ってるからさ。選ぶ参考にはなるかもよ?」
「なに……お前が? そうか」

 自分が気に入っている店の調理を担当している人物ということでウェルジアは僅かに思案した後、自らの状況を端的に伝える事にした。

「……空腹具合が強い、だが、残っているメニューには軽食が多くて満足できる気がせん」

 時間をずらした結果、人気のメニューから順番に無くなってしまう為、ウェルジアが訪れるこの時間はいつも選べるメニューが限られて悩むこともしばしばある。
 結果的には何を食べても満足はするのだが、こうたまには自分が興味を引かれるものを食してみたいという気持ちになっていたのは事実だ。

「あー、確かにこの時間だとボリュームのあるものはほとんど残らないからね。そうなるとどうしようもない所はあるかなぁ」

「まぁそうだろう。期待はしていない。仕方ない。いつも通り軽く食べて済ませるか」

 僅かに残念そうな表情浮かべたウェルジアの姿を彼は見逃さなかった。こうして話しかけたのも偶然ではなかった。

「そういえば君、いつもこの時間に来てるよね? 僕が調理担当の日によく見かけてる気がする。ふふふ、お客さんを覚えるのは飲食の仕事の基本だからね」

「ああ、混雑が嫌いなものでな」

 微かに噛み合わない会話に首を傾げつつもウェルジアに話しかけてくる生徒はクスリとにこやかに笑みを浮かべ嬉しそうにした。

「君は、その、いつもとても丁寧に料理を食べてくれているよね」

「丁寧?」

「なんていうのかな、そのすごく大事に料理を食べてくれてるなって思ってさ、実はいつも気になってて。あ、食べ方の作法はその、めちゃくちゃ気になる所があるんだけど」

「……」
 
「あ、ごめん、気を悪くしたかな」

「俺は地域奴隷だ。こういう場所での食事の作法など、知らん」

「へ、奴隷?」

「ただ昔、食事が出来るというのはありがたい事なのだと、どれだけ粗末であろうと全て感謝して食べるべきだと、そう教わっただけだ」

「ご両親に?」

「ああ、そうだ」

 彼はウェルジアの事が気になるのは、一体何故なのだろうと思っていたようで、ここで腑に落ちるようにコクコクと一人で納得するように頷いた。

「……そっか、僕も、身分は奴隷なんだ。貴族の家の専属奴隷で、その時に給仕の仕事があってさ。そこで初めて料理に出会ったんだよ」

「そうか」

 微かに瞳孔を拡げて驚く。奴隷という身分の者は基本的には他の者と交流をする機会はほとんどなく、他の奴隷と合う事も稀であった。
 とはいえこの国では奴隷と言っても仕事自体は肉体労働がほとんどで、ルールさえ守って過ごしていれば非人道的な扱いを受ける事も基本的には起こらないようになっている。

「こういうのも、うん、何かの縁なのかもしれない」

 彼は何かを思いついたように手を打ってウェルジアの元へと近づいた。

「何の話だ?」

「同じ奴隷のよしみ……ってわけじゃないけど、君の昼食、僕に作らせてよ」

 そう言って彼はウェルジアの両手を掴んだ。振り払う事はしなかったが心底嫌そうな顔をしている。

「話が見えん」

「この時間じゃ目ぼしいメニューは残ってないけど、君はまともな料理をお腹いっぱい食べたい」

「いや、そこまでは思っていない」

「で、僕は、どんどん新しいメニュー開発をしたいけど自分一人じゃ作った料理が食べきれなくて無駄になってしまうのが困る」

「……話を聞け」

「そこでこんな交換条件というのはどうかな?」

「……話の筋が全く分からん」

「この時間に来る君に僕は料理を振舞う」

「なぜそうなる?」

「そして、君はその料理の感想や改善点を僕に伝える」

「……」

「お互いに実利のある提案だと思わない? よし、決まり!! じゃぁ今日から早速、頼むよ!」

「おい、まて」

「そこの席に座ってて、すぐにぱぱっと作るからさ」

「ちょっ……チッ、強引な奴だ」

 舌打ちをしつつも律儀に言われた通りの席へと座るウェルジアは空腹で、もうどうでも良くなっていた。

 とりあえず食事ができるのならそれでいいかと軽い気持ちで納得しつつ、空腹でぼんやりした頭で名前もまだ知らない生徒の調理する後ろ姿を珍しく興味深げに眺めていた。


つづく



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