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157 学園外遠征

 西部学園都市ディナカメオスに九剣騎士シュバルトナインが調査に来てからの後、不気味なほどにこれまで通りの日常が学園内では続いていく。

 ウェルジアは日々過ごす中で様々な人物との接点が生まれ、その中で学園生活を過ごしている。
 この学園に来るまではほとんど妹以外の人物との接点のなかった彼の中では小さな心情の変化が芽吹いていた。

 それと同時にかつての苦い記憶が薄れつつあることが許せない自分。

 その間での葛藤が生じ始めており、自分がどうすべきなのかということが分からなくなっていた。
 
 国を恨み、憎み、滅ぼすとさえ誓い燃え上がったあの頃の憎悪の炎は長い時間の中で小さくなっている。
 だが、そうなると自分がここで過ごしている目的の大きな一つがそもそもなくなってしまう。

 このままでいいはずがないと半ば呪いのように自身の心をあの頃の憎悪に縛りつけようとするも、薄れていく気持ちに嘘は付けないでもいる。

 時、流れる時間が持つ、出来事を風化させる力というものを実感せざるを得ない。
 ひたすら答えの見えない日々の中で昔失ったはずの数々の感情の波が胸の内では燻ぶっていくのだった。

 「集団模擬戦闘」通称『ギブング』と、東西二つの学園都市同士で争う「東西模擬戦闘」通称『イウェスト』の中止の決定により、大きな模擬戦闘が行われなくなるという東西学園都市の歴史上でも極めて異例のこの年。

 気が付けばリオルグ事変での混乱がまるで何事もなかったかのように過ぎ去っていこうとしていたが、このイベントにより再び生徒達の中に不安の種が芽吹いていく。

 一年の中で最も気温の下がる季節を迎え、学園内で一年の間に行われる三つの戦闘訓練とは異なる大きな行事、イベントである国内遠征の時期を迎えていた。

 通常この遠征は生徒会メンバーを筆頭に統率された学園の生徒達が例年通りであれば200~300人ごとに幾つかの部隊に分かれ国内を巡り、国内の状況を視察するというものだ。

 この時ばかりは普段、守られている学園内の法ではなく、遠征に向かう者は国の法が生徒達にも適用される事となる。

 目的としては、騎士としての立ち居振る舞いを学園の外でも馴染ませていくということ。そして普段は目の届かない僻地の状況を確認するというものだ。

 当然、その中には環境的に危険な地域なども存在している。

「今回の遠征での最終目的地の確認をしましょう。それぞれの班長は口頭確認を」

 楕円の円卓へと座っている生徒会のメンバー達はティルスの声にその左隣から時計回りに発言していく。

「はい、リヴォニア隊は、べリアルド領内フォグマント渓谷深部にある例の謎の採掘場、地下到達限界域の再調査及び更新が遠征最終活動となります」

「だわよ。サブリナ隊は、デオンベルク領内ネバンド砂漠のデザートストームの発生境界点の調査及び、ストーム内の到達領域の更新だわよ~」

「レイン隊、フリューゲル領内アバダンス海域の海上、水質調査となります。僕らが今回は一番イージーかも、ごめんね」

「俺はティルス様の緊急任務の護衛に就く事になった。引率代行者として立候補があったこともあり、一時的に俺の隣にいる男、ヒボンが代わりに俺が就くはずだった任に今回は入ってもらう事になった」

 へランドの隣にいたヒボンが立ち上がりお辞儀をする。

「ご紹介にあずかりました。生徒会の皆さん初めまして! ヒボン・ヘイボンと申します。僕の隊はへランド君の任務を引き受けフェリオン領内、フォゴトン雪原周辺の調査、及び氷原地域の深部到達へのアタック、挑戦となります」

 ティルスは申し訳なさそうに小さく頭を下げる。

「ヒボン。よろしくお願いいたします。一番困難な場所を任せてごめんなさい」

 ヒボンは慌てて手をブンブン胸の前で振り返答する。

「いやいや、大丈夫ですよ、ティルス会長。お任せください。これくらいの難易度なんて毎年の事ですし、去年も同じ内容の遠征任務に配属されていましたから経験もありますし何とかなりますよ」

 ティルスはその言葉に小さく微笑み頷き、きりっとした表情へとすぐさま戻る。

「そして、私が向かうのは、かのユーフォルビア領となります。実は双爵家の領地からの直前要請があり、急遽、隊編成を整え直して遠征で向かう事になりました。ヒボンの起用はその為の措置です。ヒボンの代表者の立候補は本当に助かったわ」

 その後も生徒会の面々とヒボンは真剣な表情で話し合いを続けて細かい内容をすり合わせる。

 遠征と言えば、生徒達のレクリエーションのようにも思えるが実際は正規の騎士達が行わない危険度の高い地域の調査がほとんどである。

 学園の生徒を使う事で、国としては成長するための機会を設けているつもりだろうがその中には未踏エリアの更新という不可能任務も一部含まれる。

 国内の様々な地域の中で四盾騎士が治める僻地、そして最も王都から遠方となるユーフォルビア領には、今もなお未知の地域が存在しているらしく情報が不足している場所が多い。

 毎年、学園の生徒達でそのエリアの更新という無茶な目標を設定され向かう事になっているのが遠征だ。

 今年はユーフォルビア領からの要請というイレギュラーはあるものの、他の4地域は概ね予想通りの内容と言える。

 それまでの道中には危険のない任務などもあるにはあるがやはり最後の任務である危険度の高い任務の存在が生徒達の身体を強張らせる。

 参加の見返りは評価として勿論大きいものではあるが、場所によっては当然ながら命の危険もある。
 自然を相手にするのだからこればかりは少しも油断する事は出来ない。

「ユーフォルビア領の任務は内容が不明という事で念のためへランドに同行してもらう事にしました。引率予定の先生達の許可は既に頂いています」

 パラパラと資料を確認する手が止まりへランドが呟く。

「ふむ志願者が今年は少ないな」

「正直、去年よりかなり少ないわ。名簿を見れば明白でしょうけど」

 学園ではこの遠征の参加者は任意でとなっており、年々減少していたが今年は特に少なくなっているようだった。

 これもリオルグ事変での出来事が尾を引いている事は明白。
 遠征先であのような予想だにしていない事態が起きてしまう事を懸念しているのだ。

 とはいえ、学園に残る側とてそれは同じ事で、遠征組が居ない状態で同じことが学園で起こればどうなるのかという不安がここにきて再度膨らみつつある。
 それでも学園にいる方がまだ安全だろうと、志願者は大幅に少なくなっていた。

 騎士になり、将来的に相応の地位を求める者しか最早参加していないのではないかという状況といっても過言ではなかった。

「それでも参加するメンバーで何とか任務を遂行するしかありません」

 テキパキと会議を進めるティルスの姿。その判断と指示の様子を目の当たりにしてヒボンは感銘を受けていた。

 予定通りに事が運ばなかった時や、撤退のボーダーライン設定なども具体的に提示してくれている。

 そして改めて自分はこの人物から生徒会の座を奪おうと宣言したのか? とその座を奪う事の難しさを今は痛感するしかなかったのだった。


つづく


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