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123 認知度ゼロの九剣騎士

 今回、双校祭そうこうさいの四日目のイベントのルールなどは事前に生徒達に通知されており、その上で参加希望の生徒達が各々で班編成を組んだ上でチーム単位で参加申請をすることになっていた。

 今回の障害物戦闘競走オブスタクルバトルレースのルールは至ってシンプルで、予選では全チームが開始地点から同時にスタートし、東部学園都市内の既定のコースを巡り、チェックポイントを通過しながら元のスタート地点へと戻って早くゴールをした上位8チームが決勝に進出する。

 予選では100チームを超えるエントリーがあり開始前から熾烈を極める事が予想されている。

 参加する生徒達が集まる中でカレンを含めた今回の競技監督者である先生達が集う。
 予選のスタート地点となるのは校舎棟近くにある運動場。生徒達にとって軽い運動であればここで事足りるというくらいの十分な広さがあった。
 見学の生徒達がそれぞれの教室からその運動場を見守っており、これから始まる予選の通過予想などで盛り上がっている。

 また通常の授業では決して見る事がない組み合わせでのチームなども初めての試みという事で多くあり、かなりの熱気が学園内に充満しその興奮は天井知らずの高まりを見せていた。

 日頃、校舎棟付近でほとんど顔を見る事がない5年生以上の生徒も今回参加しており、その姿を一目見ようという者も集まっている。

 その中には5年生以上の生徒をこの機会にスカウトしようと考えている者達もいる。5年生以上の生徒は極端に数が少ない。そもそもほとんどの生徒は5年生になるまでに卒業し、正規の騎士になってしまう。
 
 その為、その通常の長さ以上となる長期の期間、引き続き学園へ在籍を希望するという者は変わり者が多い。

 騎士になる事よりもこの学園の中にある膨大な資料や高度な施設を利用し続けたいという文化系の生徒達の割合が多い事もあり、その姿を見る事はほとんどない。
 また、それぞれが独自の研究に勤しんでおり、先生達のサポートや国の研究への助力などをしている生徒が多い。
 このように世にはまだ出回っていないような知られざる優秀な生徒に対して直接のスカウトが行える機会はそうそうあることではないからだ。

 そうした中で、競技の内容が競争という事は学園内での最速を決める戦いであり、通常の戦闘能力以外の能力もどのように利用されるのかに注目が集まる。
 競走中に他チームへの直接的な妨害なども可能であり戦略的な競争も求められる。
 結果的にチーム内の誰か一人がゴールすればいいというルールも相まって、どれほど混沌なレースになるか誰も予想が付かなかった。

「この競技はカレッツの提案だったか? なるほどどうして、ふふ、面白い事になっているじゃないか。それに、こいつを引っ張り出す機会になるとはな」

 運動場の真ん中に水晶のような球が台座に置かれている。

「カレン先生。そんな得体のしれないものを使って本当に大丈夫なのでしょうか?」

 と他の先生からは心配の声も挙がるが、カレンがその水晶を撫でると不思議な事が起こる。その水晶から光が発せられ空中にこの場所が映し出された。

 この場の全員が驚きの表情で宙に浮かんで映っている自分たちの姿を見つめていた。

「この水晶は現存する魔道具の一つ。これをつかえば対となるもう一つの水晶に映っている遥か遠方の景色を映し出すことが出来ます。どのような用途で使われていた物かは諸説ありますが、これを応用すれば今回の競技の様子をこの場にいる全員が覗き見る事が可能なので使った方が盛り上がるでしょう」

 いつの間にかカレンは持っていたもう一つの水晶を掲げる。

「こんな形で役に立つとは思いませんでしたが、これでこの場に居る者も競技者のレースの様子を見ることが出来ますから臨場感のある競争をみれるなら他の生徒達の刺激にもなり、非常に良いかと」

 空中に水晶から放たれた光がどういう原理なのか映り込んでいて、この場所の様子が映し出されていき生徒達や商人達から歓声が上がる。

 その様子を見ていたシュレイドが首を傾げる。

「魔道具?」
「おりょ? シュレぴっぴしらんのかね?」
「いや、存在は知ってましたがこんなにすごいものだったなんて、実物を見るのは初めてなもので」
「んー、あれは特に凄いにゃ。現存する魔道具は多くはないけど、あれはやばい」
「そんなにやばいんですか?」

 問うとリーリエは眉間に皺を寄せておどろおどろしくシュレイドへとゆっくり向いた。

「あんなもん万が一こっそり部屋に置かれてみなさいよ。いつまで寝ているのとか、仕事に来ない時に何してるのか筒抜けになるじゃん恐ろしい」

「あー、それはいい考えですね。イベントが終わったらカレンに借りれないか交渉してみようかしら」

「やめたまへディアナ君」

 シュレイドは物珍しさに瞳を輝かせながら遠く光るその水晶を見つめていた。

「そういえば、カレンくん。凄いな彼女は。戦えない程のケガをしてしまったはずなのに完治してんじゃないのあの動き?」

 ふと、リーリエが疑問を口にする。
 かつて魔女ベルティーンの討伐に向かった際に負った怪我が原因でカレンは九剣騎士を退いたという情報をリーリエも得ていた。

「……いや、単純に普通に過ごす分には問題がないという事でしょう」

 ディアナはそのように返すがリーリエはどうにも腑に落ちない表情でむ~とカレンを見つめている。

「ふぅん。にしては以前よりも研ぎ澄まされてる感じしない? リーリちゃんだけ?」

「リーリエさん、きっと気のせいですよ」

「そぅかな?」

 少し歯切れの悪いディアナは苦笑いを浮かべて視線を逸らした。まだ参加チームとして発表をされていない三人は用意されているテントの中で特別参加として呼ばれるのを待っている。

 外でカレンの声が響き渡る。

「さて、これから予選が始まる訳だが、ここで参加者全員に通達する事がある。事前に渡したリストに秘匿されていたチームが一つ特別に参加する事になっていると思うがここで紹介しよう」

 会場は騒めく。上級生が参加することすら珍しい中、その上で特別な参加チームの参戦もあると聞けば、当然多くの者が誰がいるのかと期待に胸を膨らませる。

「王国が誇る九剣騎士シュバルトナインの二人がこのイベント、障害物戦闘競走オブスタクルバトルレースに参戦する!」

 カレンはひと呼吸のうちに大きな声で叫んだ。

「なんですって!?」

 しかし、生徒会長のエナリアが大きく声を荒げて驚き、生徒会のメンバー達をはじめ各参加者たちのどよめきが大きくなる。
 上級生たちの参加予定メンバーのリサーチは済んではいたが、流石に九剣騎士シュバルトナインの参戦というのは想定外だった。

 会場のボルテージは最高潮となる。口々に予想が飛び交う。

「まさかアレクサンドロ様!?」
「サンダール様がいらっしゃるのでは?」
「クーリャ様だったらどうしよう」
「絶対ディアナ様よ」
「意外とヴェルゴ様だったりして」
「ゼナワルド様~~!!」
「ミリィ様かもよ」
「一体誰なんだー」

 と空席を除く九剣騎士シュバルトナインの名前が次々に飛び出してくる。そんな中でカレンは大きく息を吸って一人の名を会場へ告げた。

「紹介しよう。まずはリーリエ・ネムリープ様」

 会場がシーンと静まり返る。生徒達のひそひそとした声が聞こえてくる。

「え、と、何番の九剣騎士シュバルトナインだっけその人?」
「リーリエ? なぁオマエ聞いたことある?」
「そんな人いたっけ?」
「え、だれ? 新しい人? 最近新しく任命された人はいないはずだよな」

 その静けさにリーリエは気にも留めずに壇上へと登場した。

「まぁ予想通りというか、リーリちゃん人気ねぇ~というか誰にも知られてねぇ~、当たり前か」

 その姿が現れるもどのように反応していいか誰もが困惑していた。なにせ他の九剣騎士シュバルトナイン達の風の噂で学園にまで轟き届くほどの活躍とは異なり、その存在は元より活躍をしているといえるか微妙だったことも作用しており王都外では見聞きする事がほぼない人物だったからだ。

「師匠、人気ないんですか?」

 シュレイドは気にするでもなく単なる疑問を口にした。勿論、シュレイドも今の九剣騎士シュバルトナインについてはほとんどの人物を知らない。
 カレンがそうであったことを知っていたくらいで他は全く聞いたことがなかった。

 ディアナは苦笑いを浮かべて質問に答える。

「リーリエさんは王都からほとんど出ないし、というか騎士の宿舎から外の仕事も一切しないスタンスでね。驚くことに王都内でも九剣騎士シュバルトナインとしてのリーリエさんはあまり知られていないの。ま、あの人の露出のなさは異常だから無理もないんだけど」

 ディアナの話を聞いて、こんなにすごい人が何故知られていないのか不思議になる。
 たった数回の中ではあるが、少なくともリーリエはディアナよりも強いとシュレイドは感じている。とはいえ気迫だけで言えばディアナの方が圧倒的に強いのでその感覚はシュレイドにとっても不可解ではあった。

 壇上を見上げるとリーリエは力なくふらふらと手を振っている。その首はうつらうつらと舟をこぎ、瞼は今にも閉じそうだった。
 本人としては眠気が最大の敵となるだろうとの予想をしている。

 そしてカレンは次の九剣騎士シュバルトナインを壇上へ招き入れるべく、もう一人の名前を告げる。

「そして、ディアナ・シュテルゲン」

 その瞬間、先ほどの静けさが嘘であるかのような大きな歓声が爆発音のように割れんばかりに辺りに鳴り地響きを立てていく。

 ビクリと肩を跳ねさせて眠りこけそうだったリーリエの目が冴え渡る。

「うっひょおおお、ディアナくんすんげぇ人気だなうぉい。リーリちゃんとはえらい違いだにゃあ」

 最後の魔女と言われるオスタラを討ったといわれている九剣騎士シュバルトナイン。新世代の英雄候補と言われるほどその活躍が国中に拡がるディアナがその凛とした佇まいの元で姿を現すと狂喜乱舞した生徒達も現れ出した。

 現在の九剣騎士シュバルトナインの中でも最もカリスマのある騎士であるディアナが槍を天に掲げるだけで、その盛り上がりは異常な程だった。

「以前の調査に来た時にはお忍びで行動していてよかったわね」

 ディアナ自身もあまり意識してはいなかったが、こうして自分の名前にここまでの力が生まれているということを認めざるをえなかった。

 改めて自分の立場に身を引き締める必要があるとディアナは自戒すると共に、九剣騎士シュバルトナインが半数欠けている事実を多くの人々に隠しているこの状況への恐怖も生まれつつあった。

 もしも、九剣騎士シュバルトナインの半数がいない。その情報が国中を巡った時に起きるであろう影響は計り知れない。

「ディアナねぇちゃん」

 その姿を遠くから眺める生徒会メンバーのスカーレットは今一度、ディアナの胸を借りるチャンスが来たことに高揚した。

 少し前に学園の調査に来た時に、彼女と数年ぶりに再会した。昔の約束へ自分なりの答えを持って挑んだがその時は惨敗した。
 そこから更なる鍛錬を経てその力を再び試すことが出来る機会がこんなにも早く訪れるなんて、と昂る心を抑えきれず心が震えており彼女は大双刃斧を持つ手は武者震いをしていた。

 その頂にいる彼女へ。もう一度挑戦することが出来る。

「……この二人の要望で学園の生徒が一人加わり、三名のチームで特別参加する」

 カレンの言葉に生徒達や外部の見学者達もその生徒が誰なのか気になる様子へと突然に会場の空気が変わる。
 それもそのはずだ。あの九剣騎士シュバルトナインと同じチームで出場する生徒がいるなんて初耳で誰もが困惑の中でカレンの言葉を待つ。

「そして、九剣騎士シュバルトナインのお二人と共にチームを組むのは、シュレイド。シュレイド・テラフォール」

 呼ばれて登場する一人の生徒を見て多くの参加者の思惑が錯綜するが思いのほか歓声も同時に挙がる。
 英雄の孫と学園内で認識されつつあるシュレイドの存在は本人の与り知らない所では既に大きな影響力を生み出し始めていた。

「ほぉ、出るってのかシュレイド」
「へぇ、アイツが出るのか、ほぉん、そりゃ楽しみじゃねぇか!」
 ガレオンとアイギスがシュレイドを得物を見つけたかの如く見つめる。

「……シュレイド」

 メルティナがその姿を心配そうに見つめるが、壇上にいるシュレイドの表情を見て僅かに安堵する。思いつめたような様子がとても薄らいでいる。

「もしかして、サリィちゃんの、おかげ、なのかな」

 しかし直後に胸がチクリと疼く。昨日、舞台を見た後に楽し気にしていた二人の様子を思い出すが頭をブンブンと振って自分の今日の役割を口に出して反芻する。

「今回の私の役目は生徒会の皆さんを優勝させること、その助けとなる事」

 だが、小さく生まれたそのもやもやはメルティナの心の中から晴れる事はなかった。


「なにぃいシュレぴっぴ、リーリちゃんより人気あんじゃんよ、うそでしょすんげぇじゃん。入学してまだ一年も経ってないのにこんなに知られてるとかまじすげぇ」

 中にはシュレイドに狂信的なまでに黄色い声も飛んでいる事に気が付いた。モテている。これは弟子がモテている。
 対して師匠である自分が誰一人記憶になさそうな気配に何故かこれまでには存在しなかった焦りという感情がリーリエに芽生え始めていた。

「に比べてリーリちゃんはよぉ……今のメンバー的にジジイの次に古株の九剣騎士シュバルトナインのはずなのに……あ、今は一番古株だったわ。そうか、実質的に一番なげぇのにこの人気ぶりだとぅわ、くぅうう、こりゃあリーリちゃん珍しく承認欲求の目覚めの予感」

 リーリエは弟子にしたシュレイドの方が自分より人気がある事にちょっぴり凹んでがっくりと肩を落とす。

「ああ、けども目覚めって言葉は実によくないにゃぁ、でも、なんだか多くの人に認められてみたい乙女心!!」

 一般的には全く葛藤することのない内容で葛藤するリーリエはうらやましげにディアナとシュレイドを見つめるのであった。


つづく

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