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思春期の息子と別れた彼女の記憶が交差した日

中一の長男との会話がめっきり減った。
まったくしゃべらないわけではないけれど。

妻が、委員会はどんなこと話し合ったの?と聞いても、
僕が、プールの練習は何したんだい?と聞いても答えは一緒。

「べつに、まぁ…いつもどおり」

こちらも同じ答えが返ってくるのは分かっているけど、つい聞いてしまう。
長男が何を思っているか聞きたくなる。

楽しい
嬉しい
つまらない
やりたくない


小さいときは息をするように言っていたセリフたち。長男の口から最後に聞いたのはいつだろう?

思春期の子どもとの会話は倦怠期のカップルみたいだな、と思うことがある。昔はあんなに仲良く何時間でも話していたのに、今じゃすっかり会話も減って、沈黙が流れると気まずい。しかも焦っているのはこちらだけ。相手はそっけないから余計に焦る。

もう、オレのこと好きじゃないのかな…


変な妄想を膨らませるのは、僕の良くない癖だ。
思春期の子供が親としゃべりたくないのは当たり前。僕も親と口をきかない期間は人並みにあった。ましてや親子、惚れた腫れたの話じゃない。
親離れの準備を始めた長男を誇らしく思おうではないか!

くだらない妄想をやめてダイニングの椅子に座る。壁に貼ってある5歳のときに書いてくれた、父の日のカードが目に入った。

“いつもありがとう”

たどたどしい平仮名を見て妄想モードから回想モードに突入してしまう。こんなに感傷的になってどうすんだよ… と我ながら呆れるけれど、止まらない。

長男への愛情は、小さいときから何も変わっていない。
ただ、愛情表現は下手になってしまった気がする。うっすら髭が生えた中1にハグしながら「すごいね!頑張ったね!」とは言いづらい。
砂場で遊ぶ長男を傍らで見守った10年前。今、同じ眼差しで長男を見つめれば、10年前と変わらないこの愛情は伝わるのだろうか?

宿題をやらずにゲームをして
不機嫌そうな顔をしてこちらを見ている
べつに、と繰り返し答える長男に…


…… ムリ!
絶対無理。
親だって人間だもの。いくら愛情があったって、素っ気なくされたら気分が悪い。こっちだって素っ気なくしてやる! と子どもじみた反撃をしたくなるものだ。そんなことしたら、意地の張り合いになって、逆効果なのは知っているのだけど…。


やっぱり倦怠期のカップルみたいだな、と思う。

あの頃みたいに戻れないかな?
オレのどこがいけなかったのかな?
もう少し優しくしてくれても良くない?
と悶々とする日々。そしてある日、「別れて欲しい」と彼女から言われて、「分かった」と頷いてしまう僕。
長男のことを考えていたのに、いつの間にか20年以上前の別れ話に没入していてビックリする。今日の僕の回想モードは根が深い。


先週、長男が体調を崩した。
吐き気と腹痛に襲われ、朝から何も食べられない状態。妻と次男は、前から約束していたお友達との用事があり朝早くからいなかった。

在宅勤務の連絡を会社に入れて、ソファで横になっている長男の気配を感じながら仕事をする。コップ半分の白湯を飲んで落ち着いたのか、長男は眠ってしまったようだ。

そ~っとソファのうしろから様子を見に行くと、やっぱり寝ていた。13歳が近い長男の寝顔にも小さいときの可愛らしい面影が残っている。気を抜くとまた回想モードに突入してしまうので、すぐに仕事を再開した。


1時間ほどで長男は目を覚ました。
背中越しに話しかける。

- どう?
- だいぶいい

- なにか食べたいものある?
- プリン

いつもと変わらずボソっと答える長男だけど、どこか声のトーンが柔らかい。風邪のときくらいは、お互い素直にならないとね。
顔は見えないけど顔色もきっと良くなったのだろう。長男がプリンを食べたいときは、復調サインなことを僕は知っている。13年付き合うっていうのは、そういうことだ。


スーパーに行って、ゼリーとスポーツドリンクをカゴに入れたあと、プリンの棚に向かう。いつものプリンはあるかな?
なかったら他のスーパーに行かなくちゃ、と考えながら店内を歩く。プリンの棚には、お目当ての焼きプリンが山積みされていた。長男は昔からこのプリンが大好きなんだ。お昼用に1個、晩ご飯用に1個を赤いカゴに入れた。


大学生のとき、一人暮らしで寝込んでいる彼女のお見舞いに行ったときもスーパーで色々買いあさったっけ。何を買ったか忘れたけれど、きっとプリンは買ったと思う。
彼女と少しギクシャクし始めた、なんとかしたいと思っていた頃。熱で少し辛そうな彼女から、ありがとうと言われ、場違いだけれど嬉しかったことを覚えている。


あの日もきっと、今日と一緒。
彼女の笑顔を想像しながら、僕はプリンをカゴに入れていただろう。

今日もきっと、あの日と一緒。
プリンを渡したら、長男はありがとうと言ってくれるだろう。


平日の少し混んでいるスーパーを歩きながら、風邪をひいた長男と別れた彼女の記憶が交差した。



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