2018まとめ記事

【2018年まとめ記事】教える技術(前半)

火曜日は「教えること/学ぶこと」のトピックで書いています。

2018年も「ちはるのファーストコンタクト」をご愛読いただき、ありがとうございました。年末年始特集として2018年のまとめ記事を載せていきます。

今回お届けするのは「教える技術」として2018年1〜4月に連載したものです。1月10日から全6回で始まる中野エクステンションセンターの「教える技術」講座の予習としてもいいと思います。全部で15節ありますので、前半と後半で分けてお届けします。

【前半】
01 態度も能力のひとつ。それはトレーニングできる。
02 教え方のゴールデンルール
03 けん玉で学ぶスモールステップの教え方
04 運動技能の教え方への質問
05 記憶の訓練の仕方
06 記憶するには精緻化、体制化、二重符号化
07 教室の中で学んだことを現実場面に活かす
08 考え方の枠組み(スキーマ)を作ることと応用すること
【後半】
09 態度技能とは「決心し、それを実行するまでの技能」
10 「自分の使い方」を習得することが態度技能
11 3つの技能を教えるための土台となる心理学理論
12 単発のスキルではなくそれをどの文脈で使うのかを学ぶことが重要だ
13 文脈を変えることで「学習2」を訓練する
14 エンゲストロームの「質の高い知識」の意味
15 あなたの知識と経験を次の人に伝えることは確実にあなたの仕事の一部です

01 態度も能力のひとつ。それはトレーニングできる。

早稲田大学エクステンションセンター中野校にて「教える技術」を開講しています。この講座では、教える技術を誰にでも使ってもらえるようにすることが目標です。教えることを仕事をしている人はもちろん、特に教えることが専門ではない人でも、子どもに何か教えるときや後輩や新人に何かを教えるときに役に立つ考え方とその具体的な方法を扱っていきます。

私たちが教えたい技能は大きく分けて3つあります。1つ目は「運動技能」です。たとえばキーボードを見なくても滑らかに間違いなくタイピングができるようになることです。運動技能は熟達化するとコトバの介在がなくなります。ちょうど「考えなくても体が覚えている」という状態です。運動技能の上手な教え方を最初に扱います。

2つ目は「認知技能」です。認知技能はコトバやイメージを道具として使います。知識を整理して覚えたり、新しいアイデアを出したり、問題を発見したり解決したりすることです。小学校の後半から大人になるまで、私たちは認知技能を中心として鍛え、考えることに習熟していきます。認知技能の上手な教え方を次に扱います。

最後の3つ目は「態度」です。「え? 態度も技能なの? それは教えられるの?」と思う人もいるかもしれません。確かに「態度」という用語を使うと曖昧なものになってしまいます。「あの人は態度がいい」とか「態度が良くない」とか、態度という言葉が印象や雰囲気といったものに置き換えられて使われています。

このように態度という言葉は曖昧な文脈で使われています。しかし、ここでは態度を「自分をコントロールする能力(自己調整力)」と定義します。自分の考えや行動を決めるのは自分自身です。「自分で決断し、目標を立て、計画を作り、それを実行し、ふりかえる」このような能力を態度と定義します。

自分をコントロールする能力として態度を定義したときに、それはどのように教えることができるのでしょうか。それを扱っていきたいと思います。

以上のような段取りで講座を進めていきたいと思います。それと同時並行で、このnoteの記事でも取り上げていきたいと思います。

02 教え方のゴールデンルール

前回は、教えたい技能は大きく分けて、運動技能、認知技能、態度の3種類あることを言いました。運動技能は、外界の刺激を知覚して自動的に体が動くようになることです。熟達するとコトバの介在がなくなります。認知技能は、コトバやイメージを道具として使って、知識を整理して覚えたり、新しいアイデアを出したり、問題を発見したり解決したりすることです。態度は「自分をコントロールする能力(自己調整力)」と定義します。自分で決断し、目標を立て、計画を作り、それを実行し、ふりかえる能力を態度と定義します。

これらの3つの技能の上手な教え方について順に見ていきましょう。

まず、運動技能の教え方について考えましょう。運動技能は、外界の刺激を知覚して自動的に体が動くようになることです。たとえば、自転車に乗ること、キーボードを見ずにタイプができること、けん玉の技ができること、ピアノが弾けること、テニスができることなどです。運動技能が熟達するとほぼ自動的に体が動くようになります。そこではコトバによって考えるという介在がなくなります。コトバの介在がないので、素早く、滑らかに特定の動きができるのです。

熟達するとコトバの介在がなくなるのが運動技能です。しかし、教えるためには最初にコトバを使う必要があります。これが運動技能を教えるときの難しさといえます。教える人はもうその運動技能ができるようになっているので、コトバは不要です。しかし、初めての人に教えるときには、コトバによって伝えなければなりません。そのコトバをどう選び、どう伝えていくかに工夫が必要です。

運動技能の上手な教え方のコツは次の3つです。また、これは運動技能に限らず、あらゆる技能を教えるときの、ゴールデンルールとも呼べるものです。

・スモールステップで課題を出していく
・活動に対してすぐにフィードバックを返す
・相手のスキルに合わせて挑戦の難易度を変える

まず1つ目は、スモールステップで課題を出していくということです。入門の段階では、ほぼ100%成功するようなやさしい課題を出すということです。どんな人でも初めてのことにチャレンジするときは不安になります。この段階では少しでもつまづくと自信を失ってしまいます。ごく一部の人はそれでもがんばるかもしれません(これが教える方としては罠です)。しかし、大多数の人は最初のつまづきでやめてしまうのです。そうなってしまうともう取り返しはつきません。ですから最初の入門期では優しい課題から初めて、少しずつスモールステップで進めていくことが大切です。

2つ目は、活動に対してすぐにフィードバックを返すということです。いちいち大げさにほめる必要はありません。相手ができたことを確認して「OK、できたね」というだけで十分です。相手がわかれば、うなづくだけでもいいのです。肝心なのは、教える人が学んでいる人を「よく見ている」ということと、それが学び手にわかっているということです。

即時フィードバックの「即時」とはどれくらいかというと、できるだけすぐに、長くても1分以内です。それ以上時間が経ってしまうと、学び手が自分のどの活動に対してフィードバックされているのかがわからなくなってしまいます。できれば、学び手が活動したその直後にフィードバックがかかるのがいいのです。あとでまとめて注意しようとするのは意味がありませんし、効果もありません。

3つ目は、相手のスキルに合わせて挑戦の難易度を変えるということです。これを「挑戦/スキルのバランス」と呼びます。入門期がすぎて、少しくらい失敗しても自信を失うことがなくなったら、中級レベルに入ったということです。これ以降は、むしろ失敗から学ぶ方が多くなります。したがって、挑戦したら、半々の確率で成功したり失敗したりするような難易度の課題を出す方がいいのです。

半々の確率で成功すれば、成功したときのうれしさは大きいものとなります(やさしすぎる課題は退屈です)。また、半々で失敗すれば、なぜ失敗したのか、どうすれば失敗を回避できるのかということを考える機会になります。ですからあまりにも難しすぎる課題でなければ(難しすぎる課題は不安を生みます)、失敗する方が学ぶのです。教える方も、失敗を責めるのではなく、そこから何を学び、どう工夫すればいいのかを考えてもらう機会として捉えることが大切です。

03 けん玉で学ぶスモールステップの教え方

前回は、運動技能の上手な教え方の3つのコツを説明しました。これは運動技能に限らず、あらゆる技能を教えるときの、ゴールデンルールとも呼べるものです。

・スモールステップで課題を出していく
 (スモールステップの原則)
・活動に対してすぐにフィードバックを返す
 (即時フィードバックの原則)
・相手のスキルに合わせて挑戦の難易度を変える
 (挑戦/スキルレベルの原則)

この写真はエクステンションセンターの授業の様子です。ここでは運動技能の教え方の練習として、けん玉を使いました。4人グループの中で、けん玉をやったことのない人を選んで、その人にけん玉の技を教えてみようというワークです。写真の中に、けん玉をやっている人を見つけることができます。

今回は、けん玉の技として「もしかめ」をゴールにしました。これは入門段階の技の1つです。まず玉を大皿に乗せ、続けて中皿→大皿→中皿→大皿→……というように玉を移動させていく技です。「もしもし亀よ」のリズムに合わせて技を進めていくので「もしかめ」と呼ばれています。

この技を教えていくわけです。とはいっても、けん玉をやる人は初めての人ですから、最初の玉を引き上げて大皿に乗せるという最初のステップだけでも大変です。何回やってもなかなか乗りません。

実は、最初のステップとして大皿に乗せるという目標を設定することがよくないのです。これはスモールステップではないからです。指導者が「まあ、やってみて」といってやらせてみると、案の定一回では乗りません。何回も何回もやってみても乗りません。そのうち変な癖がついてしまい、このあとその癖を直すのに苦労します。

ですから、大皿に乗せるというステップをさらにスモールステップに分解することが必要です。まず、姿勢とけん玉の握り方を教えることです。大皿に乗せるために最適な握り方がありますので、まずそれを教えるのです。これは失敗する余地がありません。ですからスモールステップなのです。

姿勢も同様です。足をピンと伸ばした直立した姿勢ではうまくいきません(初めての人はそういう姿勢をとりがちです)。ですので、足を適度に開いて、膝を少し曲げておくという姿勢を教えます。これも説明すればすぐにできますから失敗する余地がありません。

このように入門期では必ず成功するような形で、ステップを細かくしておくことが大切なのです。これがスモールステップの原則です。教える人は、自分にもそういう入門期があったことを忘れてしまっています。そのときの入門者の不安な気持ち、そしてできたときの喜びをもう一度思い出すことが、教え上手になるためのコツです。

04 運動技能の教え方への質問

前回は、運動技能の上手な教え方の練習として、けん玉の「もしかめ」のワザを教えるという実習をしてみました。その後、たくさんの質問をもらいました。その中からいくつか選んで回答してみましょう。

【質問1】自分が出来ないことを人に教えることは大変です。実際にけん玉をしてみて良く解りました。しかし、人の下手な動作を見ると、つい口を出したくなるのはなぜでしょう。自分はできないのについできる気持ちになっている心境は、どういう事なのでしょうか。

これは面白い現象だと思います。必ずしも自分ができることでなくても、他人ができていないことはわかるのですね。テニスでもサッカーでもプロのゲームを見ているとき、選手が失敗すると「あー、下手だなあ!」と思ったりします。自分では、絶対できないのに、です。自分ができないことでも他人ができていないことは敏感にわかるということです。

ここに「ピア・インストラクション」の可能性があります。ピア・インストラクションというのは仲間同士で教えあうことです。自分ができないことでも他人がやっているのを見て「そうじゃない」ことは指摘できます。それをお互いに指摘しあうことによって、お互いに上達するできる可能性が生まれます。

【質問2】スモールステップで誰でもできるようになる?! 運動神経がまるでナシ子。そうなのかなぁ……。

この人には、「キャロルの時間モデル」という考え方を紹介したいと思います。「運動神経がまるでナシ子」さんはまったく運動ができないわけではなく、それをマスターするのに平均より長い時間がかかるということです。キャロルは、次の式で「学習率」つまりその人がどの程度マスターできたかということを示しました。

学習率=
(その人が学習に費やした時間)÷(その人がマスターするために必要な時間)

たとえば、その人がある技能をマスターするために10時間必要なところを、5時間しか学習しなければ、学習率は50%となります。つまり半分しかマスターできません。しかし、必要な10時間をかければ、100%マスターできるのです。もし運動神経ナシ子さんがマスターするために必要な時間が50時間であれば、50時間かければマスターできるということです。

【質問3】即時フィードバックも対象者のタイプによって工夫した方が効果が上がるのでしょうか? (ほめられて伸びるタイプ、しかられて頑張るタイプなど)私はほめられて伸びるタイプです。

フィードバックは、うまくいったときに「OK!」とか「ナイス!」といってあげれば十分です。毎回アドバイスする必要はありません。それよりも本人が満足するまで練習させた方が時間的に効率的です。アドバイスするには練習を中断しなくてはならないからです。ある程度まとめて練習させてから、短いワンポイントアドバイスをするのがいいでしょう。

また、叱る必要もありません。うまくいかなくても練習を続ければいずれうまくなるのですから、初期の段階で叱るのはネガティブな効果しか生みません。ネガティブな効果とは、相手のやる気を失わせ、教え手への信頼を失うことです。こうなってはもう教える/学ぶという関係を持つことができません。

うまくいったときには「OK」を出し、うまくいかなかったときはそのまま練習を続け、タイミングをみてワンポイントアドバイスをしましょう。

05 記憶の訓練の仕方

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