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【白影荘の住人】マックホルツ-2/3

雨が降り出したので、僕たちはシューの部屋へ移動して先程の話の続きを始めることにした。

クロガネさんが言うには、白影荘には普通の人間は入居が出来ないそうだ。

でも僕は、いたって普通の人間だ。

成人式だってもう終わっている。

「ホウキさん、あなたは普通の人間……というより人間じゃないのよ」

「アカネ、結論から言っても今のミナトには届かないよ」

「じゃあなに?無駄に長く生きてる二人になら、ホウキさんに言葉が届くっていうの?」

「そうさねぇ……この状況だと最初から話して聞かせた方がいいだろうね」

煙夫人が懐から煙管を取り出して口に銜える。

火は出ていないし、草もまだ詰めていないようだ。

「まず、お前さんは自分のことをどれだけ知っているのか聞かせてくれんかね」

「僕の?……僕はごく普通の大学一年生です。まあ、二浪して両親には迷惑をかけたと思いますけど」

「ううん……それじゃあミナト。君の覚えている一番古い記憶って何かな」

「多分、四歳くらいのもので、母さんに抱っこされてるもの、かな」

「それはどこだったか、とかは覚えてる?」

「……わからない。でも星を、沢山の星を見に行った帰りだと思う」

眩いくらいの星々に囲まれていたような気がする。

僕も、母もその星と同じくらい体が光っていた。

光っていた……?

「もう、二人ともいい加減にして。ホウキさん、あなたは星なのよ。二十年前に落っこちてきた、流れ星なの」

「正確には十八年前だけどねぇ」

「うん、オーナーもそう言ってたし。なにより帰ったはずのハルエが駆け込んできたのが十八年前だものね」

「もうそんなに前になるのかい。懐かしいねぇ……数時間前に帰ったあの子がお前さんを抱きながら、慌ててここに戻って来たのが」

「そうそう、その後一緒に連れては帰れないからってミナトが帰れるようになるまで地球に残るって話になったんだっけ」

僕の知らない僕のことが、目の前で話されている。

でもそのどれもが僕の中には入って来なかった。

頭の中にとどまらず、右から左に流れていく、そんな感じだ。

そもそも煙夫人とシューが僕の母と知り合いで、母も白影荘の住民だったということが驚きである。

「ホウキさん、あなたは落っこちてきたときに記憶をなくしたのよ。幸いにもあなたのお母さん、というか別の星に拾われて今まで生きて来れた。でもその人はあなたより先に星に帰ってしまったの。だから、連絡が取れないのよ」

「ちょっと、待ってよ。僕は星なんかじゃないし、母さんだって違う。きっとみなさんの勘違いです。そうでしょう?僕をからかっているんですよね?」

三人は何も言わない。

ただ、憐れむような目で僕を見つめてくるだけだ。

「僕、もうすぐ定期テストがあるんです。みなさんのドッキリに付き合ってる暇はないんです」

そう言って立ち上がろうとした僕の肩をシューが掴んでその場に戻させた。

「まだ、話は終わっていないよミナト」

「僕は話すことなんてありません」

「お前さんになくても、こちらにはあるのさ。まあ、もう少しだけ聞いていっても悪くはないだろうさ」

「……同意はしたくないけど、曲がりなりにも仙人のありがたい御言葉を聞いてみるのは悪くないんじゃないかしら?」

正直、僕はもう何も聞きたくはなかった。

自分の部屋に帰って、テストの準備をしたいのだ。

「ミナト。ひとつ、聞いてもいいかな?今日は何月何日だい?」

「七月五日です」

「ああ、やっぱり時間の感覚が変わってしまっているみたいだね」

シューは合点がいった、という顔をしている。

「ミナト、今日はね七月十七日なんだよ」

「そんなわけないです、だって今日は」

「星が自らを知らず地上に残ろうとすると、崩壊が始まるのさ。その初期が、まず時間軸を正しく認知できなくなるのさね。そして次に、普通の人間には星は認識できなくなる。心当たりはあるんじゃないのかい」

煙夫人がゆっくりとした口調で語る。

その言葉、時間軸云々はわからないけれど、他の人に認知されなくなるというのは心当たりがあった。

「そして崩壊を始めた星と関わった普通の人間は、最終的にその星の存在を忘れてしまうのさ。これについては崩壊せずに宇宙に帰れた時も変わらなかったはずだねぇ」

僕が仮に星だったとして、煙夫人の言っていることが正しいなら、僕とか関わった多くの普通の人たちは僕のことを忘れてしまう。

せっかく仲良くなった大学の友人や、幼少期からの友達や学校の先生たち、よく通っていたお店の店員さんたち。

その全て、忘れられて、なかったことにされる?

そんなのは……。


僕は勢いよく立ち上がって三人が止める間もなく、靴をつっかけて玄関から飛び出した。

そしてその勢いのまま階段を駆け上がって、震える手で自分の部屋の鍵を回して中に滑り込んだ。

急いで鍵とチェーンをかけると、扉に背中を預けた。

よろよろとその場にへたり込む。

しばらくすると三人の声が扉の向こうから聞こえてきたが、全て無視をした。

玄関の天井を仰ぐと、小さな力ない言葉が漏れた。

「僕は人間だ……。人間のはずだ」


玄関の向こうでは、まだ三人の声がしていた。




【マックホルツ 3/3へ続く】

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