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【白影荘の住人】千年少年-1/3

六月下旬。

在所さんが姿を消してから、もう一カ月以上経つ。

それでも僕の日常は続いていくわけで、全然その辺は変わりはない。

でも、それでも僕のすぐ近くにいた人物が忽然と姿を消してしまった事実は変えられない。

今まで生きて来て前触れもなく人が消えるなんてことを経験したことはなく、僕は恐らく精神的に不安定になっているのだろう。

例え、日常生活を普通にこなしているようにみえていたとしても。

少なくとも大学の友人には、特に変わりないようにみえていただろう。

いつものように講義ノート貸してくれとか、ご飯を食べに行こうとかそろそろテストの準備もしないとなとか話していたと思う。

いや、もしかしたら気がついていて普通に接してくれていたのかもしれない。

そう考えるとありがたいことなのだけれど、心の平穏は戻って来ない。




土曜の夕方、友人と遊んで帰宅すると階段に座っているシューがいた。

僕に気がつくと人懐っこい笑みを浮かべて立ち上がる。

パッと見は少年ようで、話し方や口調も少年のそれに近いのに、なぜだかシューは古い老木を思わせる人物だった。

手を伸ばせば触れるくらいの位置に来たシューは、少しだけ首を左にかしげて僕に言う。

「ミナト、少しボクとお話ししない?」

その青い瞳には、僕にノーと言わせない強い意志が宿っていた。

もともと断るつもりはなかったので、快諾すると僕はシューの部屋。

103号室に招かれた。



「ね、麦茶でいいかな?」

僕の前に氷がみっつ入ったグラスを置いてから、手に持っているポットの中身を注ぐ。

答える前に注ぐのは、僕が断らないと知っていたからだろう。

「それで、ミナト。最近すごく塞ぎ込んでるみたいだけど、どうしたの?」

そういえば、シューは知らないのかと思い、僕は在所さんのことを話した。

在所さんが普通の人間ではなかったこと。

その力でブラジルの大きな像に連れていかれたこと。

その後、支払いをしようと尋ねたら在所さんが消えていたこと。

そしてそこには、宇宙の資料が置かれていたこと。

最後に、在所さんは一体どこへ行ったのかということ。

「そうか……、ミナトはユウキが心配なんだね」

「僕は、心配しない方が難しいと思うんだけど」

その言葉にシューは音を出さないで笑う。

「ボクはミナトの方が心配だな」

思いがけない言葉に僕はシューを黙って見つめ返す。

そしてまた、思いがけない言葉がシューの口から発せられた。


「明日、つまり日曜日だけど、ミナトの日曜日ボクにくれないかな」


シューはやっぱり、少年のように笑っていた。



【千年少年 2/3へ続く】

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