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安定思考の理系院生がスーパードライ生ジョッキ缶を生み出し、転身してソーシャル・イントラプレナーになるまで(その③)

こんにちは。古原徹です。
その②も沢山見ていただきありがとうございます。
反応していただけると励みになります。
その③では、開発初期から発売まで書いていきます。


生ジョッキ缶発売まで

プロトタイプ作製から社内提案まで

生ジョッキ缶プロトタイプの完成後は、
どうやったらこのイノベーションを商品化できるか、
という観点での仕事がメインとなりました。
もちろん、技術的な内容も深い内容があるのですが、
公開できない内容が多いので、そちらについてはすでに公開されている記事や論文などをご覧ください。

↓論文

アサヒビールwebサイト↓

生ジョッキ缶は、これまでビール用容器としては実績がない、缶と蓋を活用しています。
実績がないということは、その生産の仕組みがないということ。
1分間に1500本以上製造されるビール工場で使用するためには、
缶や蓋を製造する容器メーカーに本気になってもらう必要があります。

容器メーカーに本気になってもらうためには、
アサヒの本気を見せること。
具体的に言うと、ちゃんと金銭的なリスクをとって投資しますよ。
と会社として約束することです。
この意思決定を会社としてする必要がある。
新しすぎるし、お金もめっちゃかかるし、
「これ無理じゃない?」という雰囲気が部署内にもあったのですが、
とにかく役員にぶつけてみようと、
当時イノベーション本部(研究開発本部)で開催されていた、本部長向けの提案会に上程しました。

この提案会は毎月開催されていて、提案は自由参加なのですが、
当時の僕はほぼ毎回のように提案していました。

おそらく提案回数は最多レベル。誰にも言われず「面白いから」やっていました。
別で書きますが、いまアサヒユウアスの主力商品になっている、
森のタンブラー、森のマイボトル、食べられるコップ「もぐカップ」もこの提案会をきっかけに商品化しました。
今思えば、顧客価値なんだっけ?的なダメアイデアも量産しました。
まずは量、それから質。を言い訳に。
一つの教訓になったのは、ウケなかったアイデアは誰も覚えてない。
なので、気にせずチャレンジしましょう。

2019年2月の提案会にて、「生ジョッキ缶」を提案。
このタイミングは事前に作戦を練っていて、
役員はもちろんのこと、影響力のある方が多く参加するタイミングでした。

結果としては大成功。
プレゼン資料も何枚か作りましたが、
試飲のタイミングからほとんど資料は必要なく、
例にないほど盛り上がりました。

何としても商品化しようと、イノベーション本部内の機運は高まったのですが、数多くの部署と顧客が絡み合う大企業。
ドンドン順調に商品化、というわけにはいきませんでした。

ちなみに「生ジョッキ缶」のネーミングもこの時点で考えていました。
もちろん商標調査もやって(自分で簡易検索レベルですが)。

その後、ネーミングの参考にするための消費者調査のタイミングでは、
実は、「生ジョッキ缶」は調査候補に入っていませんでした。

なので「生ジョッキ缶を絶対、調査候補にいれてください」
と強めにお願いしました。
縦割り組織的にみるとちょっと領海侵犯していますが、
言わないと後悔するなと思ったので。
技術者・研究者は、いい意味では控えめ、悪い意味では自分の担当領域外に無関心、な部分がありますが、
僕個人としては、多少煙たがられても、必要と思えば領域外の仕事にも口を出していくスタイルを貫いています。
(リスクもあるので、みんなにオススメするつもりはありません)


社内の巻き込み

会社としてやるんだ!という最終的な決断をしたのはもちろん社長なのですが、
満場一致でGOが出たわけではなく、
「もう少し商品としてのクオリティをあげてから発売すべき」
という声も多々ありました。
具体的にいうと液温に対しての泡立ちの不安定性が問題視されていました。
泡立ちづらかったり(冷えすぎ)、泡立ちすぎたり(温すぎ)するのはいかがなものかと。


二酸化炭素の溶解度は液温に依存するという物理現象なので当たり前のことなのですが。
これすらバイアスブレイク(先入観を壊す)できたら更にすごいかも、といま思いつきました。


開発・生産サイドとしては、その時点でやれることは全力でやっていましたが、自責思考で考えると、開発能力不足でした。
ただ、既存の取組みの延長で、さらに良くできるビジョンが無い。
また、我々が考えている基準も本当に顧客が求めているものと一致しているかもわからない。
発売までにできる最大限のことをやって発売。
大量製造することで得られる知見や、市場の反応をみてブラッシュアップしていくしかないのでは、というのが想いでした。

否定する気は全然ないのですが、
メーカー系の大手企業の方の愚痴、お悩みとしてよく聞くのが、
「社内の品質基準が厳しすぎて新しいことができない」という内容です。
なぜ基準が厳しいのか?その基準は商品価値にとって必要なのか?
「そもそも」を考えると突破口が見えるかもしれません。
※法令順守、安全性の確保などは大前提で

生ジョッキ缶は、「缶ビールは泡立ってはいけない」という品質基準を逸脱したことで生まれた商品なので、
既存の品質基準に縛られにくかったのですが、
大規模に展開する商品なので、もちろん社内としての規格基準を定める必要がありました。
商品価値を顧客に届けることを目的として、
新しい基準をどう作り、ある意味「腹をくくる」流れを体験できたのは貴重でした。

生ジョッキ缶の発売については、言ってしまえば
やってみないとわからない
が全てだったのですが、
それは調査、評価、社内外で準備できることを全てやった上での話でした。
事業規模が大きいと、とりあえずやってみたけど仮説が間違っていた、
に対するリスクが大きいので、
準備できることを全部やる、のに労力と時間がかかるのは当たり前ですね。

泡立たない・・・

いくつかのweb記事には書いてありますが、
「工場でテスト製造した製品が泡立たない」
という大事件が起こり、そこからの半年は記憶が薄いくらい大変でした。
一言で言うと、ラボ設備で小規模に作った資材と同じ品質のものが、
工場の大規模生産で再現できなかったということです。
当初は、原因も打ち手もわからない状態でスタートし、
一つずつ仮説を立てて検証する、暗闇の中を蛍の光を探すような感覚でした。
ただ、発売日は決まっているので、全力で暗闇を走っていました。
(よく転んでました)

なんとか及第点まで解決し商品化できたのは、
「絶対これを早く商品化しよう」という熱い想いを持った人が、
各部署にいて、縦割りを排除して横串で進められたことがキモだったと思います。
アサヒビール現社長の松山さん(当時専務)は、
その先陣をきってくれていました。
「世界で一番ワクワクするビールを届けたい」
それだけで心を一つにして「泡立たない」夜を乗り越えました。

「生ジョッキ缶」成功 アサヒの体質変えた“外様取締役”の手腕
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00325/00018/

↓新卒採用イベントですが、面白い内容なのでぜひ
アサヒビール Special Day 生ジョッキ缶誕生秘話 〜「これまでにないワクワク」への挑戦〜
https://www.youtube.com/watch?v=xQKfqi9q1gU&t=5091s


発売まで

なんやかんやを乗り越えて、
2021年4月6日 コンビニエンスストア限定で先行販売。
発売日の早朝、近所のコンビニに行って購入。
お店の前で「泡立つかな・・?」と開栓。
無事泡立ったのを、生ジョッキ缶開発グループに共有して一安心しました。

ただ、そこからが大変。
売れ過ぎてお詫びをする、という珍しい経験を社内全員がしました。
営業からすると「なんで品切れさせるんだ!」と思ったでしょう。

一年前は「売れ残ったらどうする」みたいな議論をしていたのですが、
完全に杞憂でした。
また「泡立ちすぎてご迷惑をかけるのでは」という心配もしていたのですが、
「どうやったらもっと泡立ちますか」という問い合わせがほとんど。
発売前に心配していたことは、逆でした。

そこから、製造数量増に向けて、完全にアクセルを踏み、
現在はどこでも買えるようになりました。
品質安定化、泡立ち工場、製造工場増など、
数多くの業務に継続的に取り組んでいたのですが、
その途中で僕は「アサヒユウアス」に異動しました。
「サステナビリティの事業化」にフルコミットすることにしたのです。

引き継いで生ジョッキ缶を「完成」(まだ未完成?)
させてくれたメンバーには、本当に感謝しています。
生みの親、育ての親、両方あっての生ジョッキ缶ですね。
↓生ジョッキ缶育ての親
https://rd.asahigroup-holdings.com/research/system/pdf/2023_asahi_09.pdf

アサヒユウアス誕生


アサヒユウアスについては、その④、に書いていきます。
(その⑤まで続くかも)


あとがき

新しいことをやるときに、
準備に時間をかけすぎると外部環境が大きく変わって価値がなくなる、
みたいな事例を目にすることがあると思います。
なんでも早くやればいいというわけではないですが、
準備期間にも「人生の貴重な時間」は流れているわけで、
一個人としても、時間的な危機感をもって取り組んだ方がいいなと思っています。

アサヒユウアスでは、新しい事業を実行する前に長時間リスク抽出をする、ということはしません。
ただ、いい意味で固執せず軽やかにピボットできる(する)というのが強みです。
フラフラと軸が無いようにも見られますが、
我々の軸は「パーパスに即している」ことで、
さらに三方良しの企画になっているかをクイックにチェックしています。

一度やってみて、
「数珠つなぎに拡散できそうだからプラットフォーム化して広げよう」
とか
「思っていたより筋が悪かったから、改良しよう、またはやめよう」
みたいな決断をドンドンしています。

いま、プラットフォーム事業をいくつか始めていますが、
最初からプラットフォームにしようとしていたわけではなくて、
やってみたら、「あ、こっちか!」みたいな感覚です。

アサヒユウアスは2年目のスタートアップで、
「稼げるプロジェクト」はありますが、
「稼げる仕組み」はほぼありません。
サステナの事業化という、これまでになかった市場をつくっているので、
これまでの知見がほぼ使えません。

「稼ぐ仕組みがない」からこそ、鉱脈を探す行為にクイックに取組めています。
逆に言うと、稼ぐ仕組みができていると、新しいチャレンジをすることに対して「ヒト・モノ・カネ」のリソースを使うことのリスクが大きい。
なので大企業内部では「飛び地の新規事業」が育ちにくいのかなと思います。

戦略が無いのが戦略です」とか言うと、
「そんなんだからスケールしない」と言われそうですが、
個人的には、経済的なスケールを追い求めることと、本質的なサステナビリティに取組むことは、相反する領域が多く、両立させるのは困難です。

スケールが目的で、サステナビリティを付け足すのではなく、
サステナビリティが目的で、(必要であれば)スケールさせる。

ただ、稼ぐことで「本質的な良いこと」を自責の範疇でやれるようになるので、
そんな目線では、ちゃんと稼いでいく、ことも目指しています。

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