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空の青さに意味はあるのか


閉鎖された空間、淀んだ空気、何が混ざっているのか分からない独特な匂い、

ここには窓がない。正確には窓風のサッシはあるが大抵、開く事は出来ない。

そう、ここはラブホテルの一室だ。

私はデリヘル嬢。歴は2年。22歳。
仕事場のプロフィールは19歳になっているが、私自身、たった3歳のサバをよむことに意味があるのか分からずにいる。
オーナー曰く、20歳を越えないラインが丁度良いらしい。
そんな男心もあるんだなぁと初めは驚いたものだ。

しかし、常連さんの数人は私の実年齢も知っているし、それを理解した上で、そんなのはどうでもいいよ、と呼んでくれている。
きっと、何も知らない女の子を選ぶ時は色々な妄想をするが脱いでしまったら、そんな事どうでも良くなるのだろう。


見た目が全て。


なんて良く言ったものだ。そんな言葉もあながち間違いではないのかも知れない。

そんな私がなんでこんな事を仕事にしているかというと、昔からどこか傍観的なところがあった。おそらく感情が一部欠けてしまっているのだろう。
悲しい話を聞いてもどこか他人事で、嬉しい話を聞いても良かったね、と言葉に出せるが内心あまり思っていなかったりする。
別に親に愛されてない訳でもない。
片親だったが、人並みに育ててもらっていた。
なんなら両親がいる家より愛情深かった。
それなのに、その愛情さえも鬱陶しくなりそれを拒んだ。

愛される事が苦手だった。

こちらに向けられる大きさ分の愛をどう受け止めて、返してあげられればいいのか分からない。

だから、私は一つの対処法を身につけた。

嘘をつく事だ。

こちらも同じだけ愛しているよ。
あなたの愛を受け取っているよ。

と、しかしこれはとても便利なのと同時にリスクも大きい。

バレた時に、責められる。


あんなに愛してると言っていたじゃないか。
いいよ、って言ったじゃないか。
君を信じていたのに。

さすがに私も多少の罪悪感はあるが、一晩寝ると忘れてしまう。
そして、こちらに向けられる愛の大きさの方が鬱陶しい事に気が付くと、もう一緒にはいられなくなる。

しかし、もうこれ以上誰も傷付けてはいけない。
そう思い、この擬似恋愛の世界に飛び込んだ。
ここはとても面白い。
私は他人の話を聞くのが好きだ。
自分には感情が欠けているからこそ、普通の人の反応というものが新鮮に感じ、勉強になる。

そして、どんどん嘘をつくのが上手になっていくのだ。

ここは現実世界と違い、嘘を付くのが上手い人こそ、生き抜いていけるのだ。そして、必要とされる。
お客さんもそれを分かった上でお金を払ってこの擬似恋愛を楽しんでくれている。
中には、現実とこの世界の区別がつかなくなる人もいるが、そんなお客さんを私は相手にしない。そういう人にはあえて嘘をついてあげないし、二度と迷い込んでこないよう、ここは現実世界とは違う事を教えてあげる。


全てが順調だった。
これからもこのまま幸せな人生を送れる。


筈だった。少し前まで。


私は本気で人を好きになってしまった。

出会いなんてありきたりで運命的なものでもなんでもなかった。
たまたま友達の家に飲みに行った先に彼はいた。
特別カッコいい訳でもなく、むしろその場にいた人の中でダントツで不細工だと思った。
それなのに、輪の中で喋る彼は誰よりも輝いてみえていた。まるでスポットライトが彼だけに当たっているように。


小学6年の時、一度だけ母親が知らない男の人と性行為をしているのを見た事がある。
なんて気持ち悪いんだろう。吐き気がして、その1日食欲がなく、完全なトラウマになってしまった。
母親は離婚直後でなにも悪い事をしている訳ではなかったが、幼い私は世の中の仕組みなんて知らない教科書通りの生き方をしていたので、父親ではない人を愛する事が出来るんだ。愛なんて所詮、こんなものかと、そこから好きな人とする行為の順番の知識が逆転してしまった。

本当に好きな人とは何もしなくていい。性行為は誰とでも出来る。

この世界で生きる私には、ある意味好都合だった。
職場仲間には、好きな人が出来たからこの仕事が続けられなくなった。なんて人もいるがそんな心配もしなくて済む。


実際、この仕事をやっている間、彼氏という存在は何人かいたが、仕事を続けていても全く辛くはなかった。


あたしは変わらず彼と一緒にいられる時間が、ただただ幸せだった。

私は変わらず、デリヘル嬢を続けていたし、その事を彼も知っていた。

そんな日々が続き、ある夜の事。
彼が、ぽつりぽつりと話始めた。

「あのね、俺、君の事が好きなんだ。誰よりも愛おしくて、守ってあげたいとも思う。
仕事の事、何も言わなかったのは怖かったから。
君は仕事に対して真面目に向き合ってたし、生活する上でやらなきゃいけないのは分かってたから、何にも思わないフリしてた。
けど、もう限界なんだよ。内心、君がどんな人に抱かれてて、嘘だって分かってても俺じゃない人と抱き合ってるの想像すると、気が狂いそうになるんだ。」


彼は泣いていた。


子供みたいに泣きじゃくる彼をどうしたらいいのかなんて分からなかったけど、力いっぱい抱きしめた。

そして、2人で沢山泣いた。
思ってる事、全部伝えあって、そして最後に自然と性交渉をした。
彼が私に触れる指先は暖かくて、優しかった。
そして、涙が止まらなかった。

「愛ってこの事なんだ。」

それは痛くて冷たい悲しい涙じゃなく、幸せで暖かい穏やかな涙だった。

朝、目が覚めて隣で寝ている彼の横顔を見て初めて誰かを愛おしいと思った。
そして、私は何故か、どうしても仕事に行きたくなってしまって初めて休みをもらった。
体調を崩したとお店の人に伝えると、物凄く心配されたが、その後、

「まさか、好きな人でも出来て仕事来るの嫌になった訳じゃないよね?笑
君に限ってそんな事ある訳ないかー笑
まぁゆっくり休みなよ。」

なんて言われたからその言葉に甘えて、三日程仕事を休んでしまった。
ただただ、幸せで穏やかな三日間だったが、さすがにそろそろ仕事に戻らなければいけないと決意し、出勤した。


彼は笑顔で

「いってらっしゃい」


と言ってくれた。



その日は快晴だった。雲一つない青空で、私も少しだけ気分が良くなった。

そして、いつも通り、ホテルに入りチャイムを鳴らす。出てきたお客さんに笑顔で挨拶をする。
靴を揃え、端に寄せる。同時にお客様の靴も揃える。
ソファに座りコース説明、お店に電話をする。
シャワーを浴び、ベッドに入る。

よしっ、ここまではいつも通り。
何も変わらず出来ている。大丈夫。


しかし、何気なく窓を見るとその日は何故だか見えるはずのない空が見えたんだ。


真っ青でどこまでも続いていて世界はこんなにも綺麗な場所だったのだろうか?

その時涙が溢れた

ふと彼の顔が浮かんできた
今思い出してはいけない
そう思う程に空の青さに頭が追いつかなくなる

あたしの目の前にいるのはあの人ではない

きっとその時あたしは普通の女の子に戻ってしまった
好きな人の為に生きたいと願ってしまった



空の青さに意味なんてなかった。
見上げるといつでもそこにある。
それだけだったんだ。









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