見出し画像

22. 村上春樹 風の歌を聴け 講談社文庫

本郷三丁目の大学堂書店が閉店するということを目にして、近くに行く機会があったので寄った。最近では店に行くことはあっても買えることはしばらくなく、店が変わらずにあることを確かめに行っていたようなものだったが、閉店することを知って行ったこの日は不思議と買うことができた。坪内祐三「慶応三年生まれ 七人の旋毛曲り」を読んでいて、夏葉社から出ていた伊藤整「近代日本の文学史」もいつか手に取らなくてはと思っていたが、導かれるようにして一番奥の文学関連の棚に置かれていた。
文京区に住むようになってちょうど十年ほど経つが、初めて住んだのが東大裏の弥生だったため、本郷の古本街にはよく足を伸ばしたけれど、行き始めたときからも目ぼしい古本屋は伸松堂書店の店頭と、たまに開いているヴァリエテ本六、そして大学堂書店くらいだった。大学堂書店も本はたくさんあるけれど、それほど買えない店だった印象があるが、いざ閉店すると知って、ここで買った本を思い返していた。
一番古い記憶は浅井慎平「ISLANDS」で、「気分はビートルズ」が好きだったそのときの気分にはぴったりの本で、しばらく棚のレギュラーメンバーだった。また、ここの文庫本はそれほど量は多くないけれど、あまり新しくないちくま文庫、中公文庫、福武文庫などが揃っていて、探していたものをわりと買えた覚えがある。今でも持っている河出文庫文藝コレクションの川本三郎「フィールド・オブ・イノセンス」はここで買っていて、値段を見ると3000と書いてあったため、わざわざレジに持っていき、これはこんなに高いんですかと聞くと、間違いですね、と笑って百円でいいですよと言ってくれたことを覚えている。
あとはそのとき探していた、松濤美術館でのナバホブランケットの展覧会図録も見つけたり、他にも色々と買った記憶はあるけれど、なかでも嬉しかったのが、この「風の歌を聴け」の文庫の初版だった。均一棚の定位置に村上春樹の文庫が並ぶ一角があり、そこにこの講談社文庫の旧版の背があることに、最初は目を疑った。村上春樹の講談社文庫が旧版だったなんて全く思いもしていなかった。旧版は亀倉雄策によるフォーマットデザインのもので、他に持っている昭和58年11月の日付の4刷では既に菊地信義によるものに変わっていて、同じく手元にある「1973年のピンボール」の文庫の初版は同年9月発行で菊地信義版のため、3刷まで旧版の可能性もなくはないが、何刷まで旧版だったのだろうか。いずれにせよ、初版は昭和57年7月なので、文庫化がもう少し遅かったら旧版で出ることはなかったと思うと感慨深い。カバー表紙はその後の講談社文庫のものと変わりないが、背とカバー裏表紙、そして表紙、扉、奥付が元のフォーマットになっていて、昭和の文豪のように講談社文庫の緑色の表紙に村上春樹とあるのが微笑ましく、自分が持っている村上春樹関連の本のなかでもかなり珍しいのではないかと思う一冊となった。
それにしても自分の思い出となっている古本屋はこの十年、十五年でほぼ全て無くなってしまった。学生時代を過ごした幡ヶ谷の小林書店、よく行きよく買った明大前の古本大学、下北沢の幻遊社、経堂の大河堂書店、綺麗になってしまい見る影もない上野駅不忍口の上野松竹デパート地下にあった古書のまち。仕方のないことだけれど、こういった街の古本屋が無くなっていくのは淋しく思う。それでも同じ年月のなかで出来た新しい店の方を喜ぶべきなのかも知れない。三鷹の水中書店と古本りんてん舎、駒込のBOOKS青いカバ、早稲田の古書ソオダ水、よく行く店以外にも数えきれないほど開店した店があり、自分もそのような店でばかり買っている。閉店してしまった古本屋はこうやってしっかりと覚えておき、今ある古本屋に通うことが自分に出来ることのように思える。

#本 #古本 #村上春樹 #川本三郎 #亀倉雄策 #菊地信義

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?