食の叙景詩 12月

食べ物を味わう時、すぐ簡単に言葉にはしたくない。
けど、おいしかったものの味は覚えておきたい。
口の中でよく味わっているとやがて景色が浮かんでくる。
食事はちょっとした旅に変わる。
そんな12月の味わいの旅の記録。

①フヅクエ 下北沢店 で本を読みながら飲んだグリューワイン

月の明るい夜 広葉樹の浅い森
月影が木々の輪郭を撫で 肌合いが浮かび上がる
とりわけ大きな木が1本
耳を澄ますとカサカサ カリカリと音がする
葉で覆われた枝々の間を
ネズミかリスかはたまたサルか
夜行性の哺乳動物の影が行き過ぎる
彼らの爪から齧った果実の甘い汁が滴って
葉っぱを伝って 黒い土に溶けた

②下北沢 モルティブ で買ったコーヒー豆「ウガンダ・オーガニック/フェアトレード」を自宅で

淡い水色の空 
薄く広がる雲は形を成さず かといって霧消するでもなく
風の来し方と行く先を表す
見上げた視界に 風がひと吹
桜の花弁 無数の花弁が 舞い上げられた
吹き上げられた淡いピンクの破片は 束の間
蝶のように振る舞う

③エチオピア カリーキッチン にて 豆野菜カリー 辛さ25倍

山々に囲まれた農地
白くて厚い雲が空を覆っている 
その破れ目から青空が透けている
畑には黒い大きな牛
農夫たちが牛を押したり引っ張ったりして
牛をようやく2つ3つ 歩かせる
汗だくの農夫に引きかえ 牛は呑気だ
畑の隅で何か焼いているのか
うずだかく積まれた枯れ草から上がった煙が
山間の景色を少しくすませて
雲の方に流れていく

④下北沢 蕎麦と鶏 はんさむ にて白子かき玉蕎麦

雨降りである
稲の刈り取られた田 道路 それを挟んだ奥に繁る黒々とした森
大降りの雨はそれらに吸収されてわずかに響く
鈍い雨音は却って静けさを引き立てる
真っ赤なバスがやってきて灰色がかった景色を切り裂く
青い雨合羽を着た男がバスに乗り込むと
通路に水が滴り落ちる
窓の外に広がる田と家々は水滴でぼやけている
それから雨が止み
その恵みを受け取ろうとする生き物たちの気配がひしめく 

⑤駅弁 ぶち旨 牡蠣のっけ飯 を大阪に向かう新幹線で

夜の港は暗く 
遠くに明滅する小さな光 波にたゆたって眠る漁船の影 が見えるばかりだ
目を凝らせば 黒い空とさらに黒い山々が一つのものではないことがわかる
そう ここは山に囲まれた小さな湾形の港だ
無意識に感じ取った気配に ふと足元を照らしてみると
小さなカニが排水口に身を隠して見えなくなったところだ
この港の人々は無口で
黄色く灯った窓からは食器の音と小さくもれるテレビの声ばかり 



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