見出し画像

つまりは永遠に生きたいという話。

自分は何月に死ぬのかな、みたいなことを最近よく考える。西暦何年に死ぬのかではなく、何月に死ぬのかを考えている。Webサイトのフォームなら「年を入力してください」というバリデーションメッセージと共に、該当箇所の入力欄が赤くハイライトされてしまうだろう。
今の僕は自分がいつ死ぬか、つまりあと何年生きるかについて、ひどく無頓着になっている。いつか死ぬのだろうが、その時は桜でも咲いていてくれるといいなだとか、十月の穏やかな夜であればいいなだとか、そんなことばかり考えている。

いつ死ぬかはわからない。けれどもそれは今ではないし、近い将来でもない。まだずっと先の、想像も及ばないような未来のことだ。今この瞬間と自分の死が起こる瞬間との間には永遠とも思える莫大な時間的隔たりがあって、時間は自分の死に向かって少しずつ流れているものの、その速度はあまりにも遅く、ほぼ止まって見える。
最近はそんなふうに思っている。

「死にたい」だとか「いざとなれば死んだらいい」だとか「n歳になったら死ぬ」(任意の整数nは年々更新される)だとか、そのようなことをかなり長い間公言していた。だから僕が「死にたくない」と言うと驚く友人もいる。
まあ当たり前と言えば当たり前なのだけれど、本当に死にたいわけではなかった。選択肢としての「死」が常に頭の片隅にあったのは事実だが、本当に死にたければとっくの昔に死んでいる。
事情があって数時間連絡がつかなくなった時に、僕が死んだのかもしれないと思った友人がいた。なのでその類の危なっかしさを醸し出していたのかもしれない。そういうものは無意識のうちに放たれるので、今の自分がどんな雰囲気を放っているのか自分ではわからない。

僕は死んでいない。上述のように他人から見れば危なっかしさがあったらしいが、それでも死んでいない。

死相が出るという表現がある。死相がどのようなものか僕は知らない。しかし「この人は死んでしまうのではないか」と思わせるような雰囲気の人は存在する。そういう雰囲気の人を僕は知っているし、他人から見た僕もその一人だったのだろう。親しい友人からもそう思われていたのだから、それはもう相当な「死にたいオーラ」であったと思われる。

人生の選択肢から死を除外したのは、恐らくここ数年のことだと思う。正直なことを言えば完全に除外できているわけではない。長い期間常に頭の片隅にあったものが、そうやすやすと消え去るわけがない。もうすっかり、こびりついてしまっている。完全に取り去ることはできないだろう。
けれども今は圧倒的に「死にたくない」という思いの方が強い。何というか、タナトフォビアのようになってしまっている。
これは反動だと思う。あまりにも長い間死にたかった反動で、逆方向への大きな揺り戻しが起こっているのだと思う。人間の精神の働きについてよく知らないので、そもそもそんなことが起こり得るのかはわからない。あくまでも僕がそう思っているだけに過ぎない。

僕は今、自分の死を途方もなく先のことであると考えている。これは願望なのだと思う。そしてこの願望は、きっと老いから来るものなのだろう。

節目となる年齢に達するのが昔から嫌いだった。十八歳になるのも二十歳になるのも嫌だった。二十歳を越えてからは毎年の誕生日が嫌で嫌で仕方ない。思えば昔からずっと僕は老いることを過剰に恐れている。見た目の話をしているのではない。見た目はあまり気にしない性格なのでどうでもいい。問題なのは精神だ。僕は常に、自分の精神は自分の年齢に対してあまりにも未熟であると感じている。僕の内面はあまりにも未熟で幼い。十五や十六の頃はそれでもよかった。けれども年齢を重ねるごとに、内面の未熟さを隠さなければならない場面が増えてくる。しかし未熟なのでうまく取り繕うことができず、結果ごくわずかな時間で化けの皮が剥がれてしまう。そういうことを繰り返しながら生活してきた。

僕はきっと成熟のための時間が欲しいのだろう。あれよあれよという間に六十や七十や八十になって、けれども内側はひどく未成熟なままの異常老人になってしまう可能性を完全には否定できないからこそ、成熟するための永遠の時間が欲しいのだと思う。
しかし成熟するとは一体どういうことなのかが、僕にはわからない。
だから、本当に成熟した人間になりたいと思っているのかどうかすら、わからない。
時間が欲しい。永遠の時間が欲しい。けれどもそれは結局モラトリアムでしかないのだろう。
つまり、就職したくないだとか大人になりたくないだとか、そういうボケちらかした寝言をほざいているゲロまみれの大学生と同じ精神構造なのだ。僕は。
ずっとそんな感じで、いまだにそんな感じで、そしてこの先もしばらくこんな感じなのだろう。

この記事が参加している募集

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?