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#13 マレーシアから迎春。AIと好奇心。それと肯定の1年。

もう1/11ですが、あけましておめでとうございます。
画像は今年の抱負「肯定」です。あとで触れようと思います!

マレーシアの新年

マレーシアでは、新年を重要なものと捉えていないようで、私の大学でも休日は1月1日だけで2日からは普通に授業が開始されたため、日本とのギャップにかなり衝撃を受けた。

どちらかというと、宗教上の旧正月を重要視しており、新年は「みんなでカウントダウンを楽しむだけの行事」程度にしかとらえられていないように感じた。

そんなこんなで日本の正月を恋しく感じた2024年の幕開けであったが、私は今年、波乱の年になるかと思っている。

学内で行われたカウントダウンの様子

生成AIが引き起こす大変革

まずは、生成AIの進化と実装についてである。
ChatGPTが広く受け入れられた昨年、私たち大学生にとってもchatGPTは無くてはならないものとなった。

課題をやるにしても、レポートを書くにしても、一瞬で自分より優れた文章を構成してしまうchatGPTには畏敬の念を抱かざるを得ない。まるで自分たちには到底かなわないと知っている自然と対峙しているかのようだ。

しかし、便利ではあるものの、うまく使いこなせずに使うのをやめてしまった人も多いのではないか。もしくは「AIになど頼るまい」と意地を張り、使うのを意識的に避けている人も多いのではないか。

自分はもともと後者であった。
「GPTを使ってしまえば、自分の能力アップにつながらない。」
「自分で考えて唯一無二の答えを出したい。」
などと、知性の動物である人間であることに固執していて、その地位をどうしても離したくはなかった。自分の力で知的生産をして、誰かの役に立ってみたかった。そしてそれに、自分がこの世に生きている意味を何とかしてなすりつけて、生れ落ちてきた意味を求めたかった。

しかし、AIはある程度その現実にNOを押し付ける

絵は描けるし、文章は書けるし、プログラミングのコードは書けるし、データ分析もできるし、プレゼンのスライドも生成できるし、議事録も取れれば、メール返信のドラフトも生成できる。YouTubeの動画のテキスト化もできるし、当然テキスト化された文章の要約も可能。
ウェブサイトのリンクを張ることで、そのリンク内のものを要約したり、pdf, PowerPoint, Excelなどのファイルを突っ込むこともでき、その中身を解読して、要約したり、分析したりもできる。

chatGPT4の活用画面。solidityというプログラミング言語について解説している

つまり、多くの知的生産の作業は生成AIで出来てしまうということである。それも並みの人間がやるよりもはるかによいクオリティで。

これにより何が起こるか。

自分が危惧しているのはホワイトカラー*¹の大量解雇やITリテラシーのある人とない人の格差の拡大であろう。

私の母親は事務関連の仕事をしている。
ITリテラシーの高い同僚が、課金してchatGPT4を個人的に活用して、生産性を5倍あげていたとしよう。一人が5人分の仕事をしてしまうのだから、与えられる仕事量が一定の場合、その5人が会社にいる意味はなくなってしまう。人件費がかかるので、母親も含めた5人がリストラされてしまった

私の父親は製造業に従事している。
製造ラインに、AIを搭載した、経営の意向を組み、製造量やアウトプットを柔軟に変更できる万能ロボットがやってきたとしよう。
人間の数百倍の生産性を誇るロボットが導入されたおかげで、わざわざ人の手を使う必要がなくなってしまった。
父親を含めた大勢の社員は人件費削減のためリストラされてしまった。

これはSFかなんかの話ではなく、現実にすぐそこにまで迫っている話である。このとき、わたしの家庭はどうなるのか。

私の両親はこのことをすぐに受け止めて、すぐに次のステップに進めるだろうか?

私の両親だけではない。多くの人間がこの事態に直面した場合、自分の進むべき道を見出せるだろうか?

これまでは産業構造がガラッと変わるときには、一度大量の失業者が生まれたものの、新しい産業が生まれ、その産業で人を必要としたため、仕事が完全にない状態は生まれなかった。

だが今回は、改革のスピードが想像以上に速い。AIは劇的なスピードで進化しており、人間が適応する前に、どんどん進化してしまう可能性があるので、人間の理解速度が追い付かない。

[1] https://ourworldindata.org/brief-history-of-ai
上記ウェブサイトから引用、あらゆるスキルが人間の知能レベルを超えている
言語理解に関しては数年で劇的に進化した

「仕事がリストラされたら、代替されなさそうな身体が必要な仕事に移ればいいじゃないか?」と思うかもしれない。確かにそうだ。当分はそうなるかもしれない。

だが、それを考えるのは自分ひとりだろうか?
そうではない。多くの人が同じように考えるだろう
そしたら、その業界の倍率が高くなり、競争が激化することはほぼ間違いない。

そんなとき狭くなった枠には、どんな人が採用されるだろうか
ほんとにその仕事が好きで、その仕事ならほかの人には負けないといえるような、ある程度のマニア性を持ち、かつITもうまく活用できる人材が採用されるだろう。

ホワイトカラーもそうである。コンサル業界においても、ChatGPTが業務を効率化できてしまうため、多くの人数を雇う必要がなくなってくる。どういう人が生き残っていくかといえば、おそらくコンサルが好きで好きでたまらないような熱意と変態性を持ち合わせたマニアだろう。

嫌々仕事をやる人は、文句も言わずに24時間働き続けるAIにとってかわられてしまう可能性がある

AI時代を楽しく生きるには

ぶっちゃけAI時代を楽しく生きるために、正解はない。だからこそ模索するしかない。それでも、少しでもこの世界をポジティブに捉えるためにはどうすればいいか素人ながら考えてみたので、参考程度に覗いてほしい。

まず、そもそもAIはどうやって進化しているのだろうか?
AIは基本的に人間が残してきた知的資産(本、論文、会話などなど言語により生み出されたもの)が膨大なデータとして蓄積されることで進化している

例えば、AIはリンゴについて知っている。

ChatGPTにリンゴとは何か聞いてみた。

何で知っているのか?

それは今まで、多くの人間がリンゴについて言語として情報を残してきたからだ。リンゴはジューシーで甘酸っぱい味がするというのは、ほとんど疑う余地のないことであり、大体の人間が「リンゴってジューシーで甘酸っぱいよね!」という感想を残してきたので、AIもそれに倣ってそう言っている。

このように、リンゴという単語を聞いたときに、次に来る関連する単語として、「ジューシー」や「甘酸っぱい」という単語が来る確率が高いということから、この単語を採用して説明をしている。

だが、AIは言葉としてしか、リンゴが甘酸っぱいだとか、ジューシーということを知らない。私たちは実際食べて、理解できるものの、当然ながらAIはリンゴを食べることができない。

そして、我々が言葉に落とし込める情報はごくわずかでしかない。

例えば、りんごを食べたときの食感として「シャキシャキ」という言葉を選ぶことが多いだろう。だが、「シャキシャキ」が、実際リンゴを食べたときの音や食感を100%正確に表しているかと言ったらそうではないだろう。もっと複雑な音がするし、もっと言い表しがたい食感がある。それを私たちは「シャキシャキ」とかなり限定的な情報に落として表現している。

本当に心の底で感じていることに関しては、言語化することができないが、私たちはリンゴということを五感で理解はしている。

そしてその言語化できない感覚は、AIも当然言語化できない。
そういった知識をどれだけ多く持つかが、重要になってくる

例えば、料理人や職人はなかなかAIに代替されないだろう。彼らは五感を使って、それぞれの職人技を磨いていく。それを言葉にして伝えようとした時点で、情報は圧縮されるため、相手やAIには100%伝わらないし、そもそも職人技というものは長年の経験から蓄積されて、体の中に染みついていく作業なので、言語にはならないものが多い

学者や知識の世界もそうである。実験や思考を繰り返して、世の中に生まれてない(言語情報として残されていない)新たな発見をして価値を生み出すのが、研究者である

つまり、まだAIが知らないこと。すなわち、データとして持ってない新たなものや暗黙知*²を探していこうという姿勢が重要である。

そしてそのためには好奇心や探求心が必要であると考える
「何かについて知りたい」
「もっと研究してみたい」
「これをやったらどうなるんだろう?」
好奇心に基づいて実験して、知識を得て、そしたらまた知らないことにぶつかって、どうしてだろうと思ってまた探求して、、、

その繰り返しで自分の言葉にならない部分で知識が紡がれる。その知識はAIは知る由もないだろう。

要するに、本当にそれについて好きだと思って突き進んで探求することができる、ある種のマニアックさや、AIのおかげでなんでもできると割り切って、いろいろなことに様々挑戦することを楽しむ好奇心が、人生を豊かにしてくれると考えている。(メディアアーティストの落合陽一さんも同じようなことを言っていてびっくりした)

でも、普段から好奇心を開放して、やりたいことをやって生活している人はごくごく限られているだろう。自分のやるべきことに追われて、やりたいことを見出せない人が多いのではないだろうか。

自分も経験があるのだが、やらなければならないことで満たされている人生ではやりたいことがどうしても湧いてこない。好奇心に蓋をしている状態である。

また、やりたいことがあっても、人の目が気になって諦めてしまう人も多いだろう。

好奇心は日常に潜むものだ。
あの道路の向こうには何があるんだろう?
あの花はどんな匂いがするんだろう?
でも、道で突然花の匂いを嗅ぎ始めたら、変な人のように思われるかもしれないと思って控える人は多いだろう。

けど、ちょっとそこを無視して嗅いでみたら、意外といい匂いで、気になって名前を調べてみたら、○○という名前で、どういう特徴があってなどたくさんの情報を学習することができる。そしたら、また同じ花を見つけたとき「前、見た花だ!」となって少し幸せな気分になると思う。

そういう好奇心を基に、AIをむしろ便利な道具として使い倒して、自分だけの知識をため込み、自分のやりたいことを実現していくという姿勢が幸せになるためにも必要なのではないかと考えている。

まとめると、、、

AIによって職が奪われる可能性があることは仕方ない

だからといって、AIに悲観的になってはならない。

むしろ自分のやりたいことが用意に実現できる、自分にいろいろなことを教えてくれる道具だとして、積極的に使う姿勢を持つ。

その姿勢で、自分の好奇心をもとにまだ言語化されてない領域を探求してみる

AIによって社会が変わって、自分の生きる意味がなくなったと悲観せず、むしろそれをそのまま肯定して、それでも自分だけの価値や意味を見出し、楽しく生きようと決心した新年でした。

テクノロジーで社会に変革がつづくと思いますが、否定的に捉えても勝手に進化するからしょうがないので、たくさん肯定してポジティブな1年にしていきましょう!


読んでいただいてありがとうございます!!自分はAIの研究者でもなんでもない一般人なので、一種の解釈として受け取って頂けると幸いです!



脚注

*1:一般に事務職や専門的な知識を必要とする職業に従事する人々を指します。この用語は、物理的な労働よりも精神的な労働に重点を置く職業を表すために使われる。例えば、会計士、弁護士、医者、エンジニア、教師などがホワイトカラーの職業に含まれる(ChatGPTより引用)

*2:言語や書面で容易に表現や伝達ができない、経験や個人的な理解に基づく知識のこと。この種の知識は、個人の内面に深く根ざしており、しばしば「身についた知識」や「無意識の理解」として現れる(ChatGPTより引用)

参考資料

[1] AIの歴史とその進化について解説しているウェブサイト

[2] 落合陽一が生成AIの概要と社会に与える影響について解説している動画
最初見たときに、衝撃的すぎてしばらく放心状態になったので見て欲しい



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