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第二言語教育の「常識」 ─ 基礎日本語教育を考える(6)

 第4回の音声指導について、そして第5回の書記日本語の指導の話を挟んで、今回はインストラクショナル・デザインの話に戻ります。今回は、

4.基礎日本語教育を企画する ─ インストラクショナル・デザインの前に
4-1 コース全体を企画するにあたっての3つの視点
   ─ フィージビリティ、ヒューマニズム、プラクティカビリティ
4-2 ユニットを企画するにあたっての3つの視点
   ─ 言語事項の知識と言葉遣いの蓄え、言語活動従事、言語促進活動

の中の4-1について論じます。

4-1 コース全体を企画するにあたっての3つの視点
   ─ フィージビリティ、ヒューマニズム、プラクティカビリティ
 第2回(2021年9月号掲載)で、教育企画が一種の事業であるなら、事業計画が重要であるということを言いました。コース全体を企画するインストラクショナル・デザインというのは事業計画のようなものです。事業計画は、港湾施設建設の事業であれ、ダム建設の事業であれ、ロケットを飛ばす事業であれ、そうした事業に知識と経験のある者(あるいはチーム)が行うものです。日本語教育のインストラクショナル・デザインも、日本語教育という事業に知識と経験のある者が行うことです。
 建設やロケットなどの事業の場合と同じく、旧式の計画を策定するか、新たな視点の下に新規の計画を策定するかは、計画策定者の器量と技量に拠ります。言語教育の場合は、言語の習得と習得支援に関する知見や洞察が計画策定者の器量の重要部分とはなりますが、結局どのようなビジョンの下に大きな計画を策定し細部を計画するかは、計画策定者の「見通す目」に大きく依存すると思われます。
 一方で、言語教育のインストラクショナル・デザインを行うにあたっては、実際的な問題として、3つの視点を自覚しておく必要があると思われます。それは、フィージビリティとヒューマニズムとプラクティカビリティです。

(1) フィージビリティ
 フィージビリティは、実現可能性で、言語教育の場合、ひじょうに優れたアプローチが考案できたとしても、それが特殊な訓練を受けた人やひじょうに優れた技量をもった人しか実践できないものだと、実現不可能だということになります。教育計画を策定する場合には、教育計画策定後に、一定のコミュニケーションを行い、またある程度の研修などを実施することで、多くの教師がその実践を担って、教育の実現ができるようなアプローチを選択する必要があります。このフィージビリティは、具体的な実行に向けて、(3)のプラクティカビリティとも関係します。

(2) ヒューマニズム
 教育という営みの向こう側にいる学習者は、もちろん当該の言語ができるようになりたいと願ってコースを受講するわけですが、学習者は実際にはコースの教育内容や教育方法を選択できないことが多く、学習者はしばしば「囚われの聴衆」の身となります。そして、いよいよ、コースのオリエンテーションが行われて授業がスタートするとまもなく「このような内容のこのような授業では上達することはできない」と学習者が感じてしまうことがあります。あるいは、教師の指示に従って熱心に勉強するのだが一向に上達するという成果が上がらないで、自己効力感(努力をすれば相応の成果があがるという感覚)を失って、モチベーションが減退してしまうことがあります。しかし、いずれの場合でも、「囚われの聴衆」の身にある学習者は、コースの要求やコースの下での教師の要求から逃れることはできません。効果がなさそうと思われる授業を受け課題をしなければならないこと、自己効力感を失ってやる気をなくしているのに勉強を続けるほかないことは、とても苦痛です。
 何を学ぶときでもそうですが、勉強が着実に進んで堅実に成果をあげる学習者もいる一方で、勉強が思うように進まずなかなか成果が上がらない学習者も必ずいます。言語教育を策定する際には、第二言語の習得と習得支援の要諦をよく検討して、大部分の学習者が上達に結びつくと期待しながら学習に取り組むことができて、各段階で堅実に成果を上げることができて、それを重ねることで所期の目標が達成されるような計画を策定することが肝要です。学習者に見放されるような計画は、学習者にも教師にも非人間的な経験を強いる状況を作ってしまいます。

(3) プラクティカビリティ
 フィージビリティ(実現可能性)とプラクティカビリティ(実行可能性)は類似した概念です。本稿では、プラクティカビリティを「実行可能にする」という意味で使いたいと思います。言語教育の場合、プラクティカビリティは結局、当該の計画を実際に実行するための教材の問題となります。端的に言って、言語教育の場合では、当該の計画を実施するための基本的な教材だけでも、教育計画策定者が制作したほうがいいでしょう。実際に教材を制作して提供してこそ、どのような教育が実行されることが計画において期待されているかがわかるという面があります。
 また、教師研修のための資料などもプラクティカビリティに関わる要素となります。特に、これまでにないアプローチでの教育の創造をめざす場合は、充実した教員研修が必要で、そのための適切な資料の準備が必要となります。

 わりあいざっくりと書いた感がありますが、これらは具体的にインストラクショナル・デザインを行う前のデザイナーの心得あるいは重要な心構えのようなものです。

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