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第二言語教育の「常識」 ─ 基礎日本語教育を考える(4)

 前回は、言語活動従事という見方を提示し、それに関連して、言語技能ではなく、言語活動に従事する言語技量という形で発達していく日本語の能力を捉えることを提案しました。そして、日本語の上達を支援するというのは、言語知識の拡充と言語技量の増強を同じ並行的に行う状況を設定して、その中での具体的な支援と促進の行為を行うことだと述べました。そして、表現活動中心の教育でこそそうした日本語上達支援を有効に展開できると主張しました。
 今回と次回は、少し「一休み」のような感じで、音声の指導と書記言語の指導について少し話します。今回と次回の目次は、以下の通りで、今回は3-1と3-2について話します。
3.言語の実現の問題 ─ 問題の整理と対処法の原理
3-1 学習開始時の音声指導
3-2 音声指導のコツ
3-3 書記日本語の指導をめぐって① ─ 書記日本語の困難点
3-4 書記日本語の指導をめぐって② ─ 書記日本語の上達を企画する

3-1 学習開始時の音声指導
(a) ラ行は「ra」ではなく「la」
 どのようなカリキュラムであれ、日本語学習の第一歩は日本語の50音の学習となるでしょう。
 50音を学習するときに、日本語の音節が、5つの基本的な母音(ア行)と、9つの子音と基本母音の組合せ(カ行からワ行)でできていることは、明示的あるいは非明示的に説明するでしょう。また、「し」、「ち」、「つ」などが同じ行の本来の子音とは異なることも指摘するでしょう。しかし、けっこう見落とされているのが、日本語の発音上重要なラ行です。
 ラ行の発音は、「la li lu le lo」です。しかし、ローマ字の50音表では、「ra ri ru re ro」と書かれています。これは、ヘボン式のローマ字表記に準拠したものです。そして、学生はそれを見ています。ですから、学生は、日本語のラ行は「ra ri ru re ro」と発音するものと思っています。ですから、50音の発音の練習のときに教師が普通に「la li lu le lo」のように発音してモデルを示しているのに、学生は変わらず「ra ri ru re ro」と発音します。この場合の対策は「ラ行をローマ字で書くときは、ra ri ru re roと書いてあるけど、発音はla li lu le loだよ!」と板書で示して教えることです。そうすれば学生は「なーんだ!」ということになって、即座に「la li lu le lo」を言ってくれます。これは、ローマ字表記の「罪つくり」です。

(b) あいうえお三重奏
 50音の各行の発音にだいたい習熟したら、少し変化をつけてみましょう。
 50音の各行を発音するとき、教師は自覚なく、
  ┌   ┐   ┌   ┐   ┌    ┐
あいうえお かきくけこ さしすせそ … 

のように発音しています。そして、日本語の場合、実際は、次の3つのパターンが可能です。
   ┌   ┐      ┌    ┐   ┌   ┐  
a. あいうえお かきくけこ さしすせそ …
   ┐       ┐        ┐
b. あいうえお かきくけこ さしすせそ
    ┌     ┌       ┌
c. あいうえお かきくけこ さしすせそ

この変化は何ですか。そう、起伏型、頭高、平板という日本語の3つの基本アクセント・パターンです。
 ところで、この3つの中でどれが一番むずかしいですか。正解は、cの平板です。bもややむずかしいですが、cの平板がなかなかできるようになりません。「しぶとく」練習してください。学生には、「この3つのパターンができないと、きれいな発音ができない!」とうまく伝えてください。そして、日本語学習開始の最初の1週間のうちにこれができるようにぜひ練習してください。

(c) 日本語の子音は弱い
 次は、「とても重要な」日本語の子音の特徴です。
 下のaとbの違いは、一般には「日本語の音節は開音節(「ん」以外は必ず母音で終わる)なので、aを日本語っぽく発音する場合は、各子音の後ろに母音を入れて発音される」と説明され、そのように発音されます。しかし、それは「日本語っぽい発音」への第一歩にすぎません。むしろ、重要なのは、太字の部分、つまり子音の特徴です。端的に、英語の子音は日本語の同じ子音よりも圧倒的に強く発音されます。日本語の子音はきわめて弱くまたゆるいです。aとbをそのようにコントラストさせて、学生に聞かせてあげてください。そして、bが言えるように、つまり太字の子音部分を弱くやわらげていえるように、ぜひ日本語学習の最初に指導をしてください。そうすると、それ以降、全般的にとても日本語らしい発音になるだけでなく、発音がむずかしいとされている、短音vs.長音、促音有りvs.促音なし、などの部分の課題も何の問題もなく各々言えるようになります。

a. I have an apple in my pocket.
b. I habu aN appulu iN mai poketto.(in Japanese pronunciation)

3-2 音声指導のコツ
 まず、全般的なことをいうと、上のように学習開始時に、(1)間違った発音を身につけないこと((a))、(2)日本語発音の重要面に注目させる((b​))、(3)日本語の発音の仕方の全般的な特徴やコツを知る((c))、ということが大事です。
 そして、その後の発音指導や発音矯正でも、個々の音を直すというのではなく、一つの「間違った発音」に現れている、「まだ身についていない日本語発音の傾向」(上の(c)がまだ身についていないときうことが多い!! それ以外は、学習者の母語等に該当する子音がない場合)を把握して、その傾向を修正することです。

 日本語学習初期に上のような適切な発音指導を行っておくと、発音の課題があまり出てきません。また、出てきたとしても、「日本語発音の傾向」を指導するというふうにするとわりあい簡単に適正な発音法を身につけることができます。そして、発音を気にすることなく、言葉遣いを軸とした言語技量の形成に注力することができます。学生たちに日本語学習初期にコツを教えておくのがいいです。
 今回は、以上です。


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