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黒猫 (1934)

 先日、コスミック出版のDVDセット『〈ホラー・ミステリー文学映画コレクション〉狂気と幻影の世界』を購入したので、ずっと観たかったエドガー・G・ウルマー監督の『黒猫』(1934)を観た。

 ホラー映画界の大スター、ベラ・ルゴシとボリス・カーロフの共演ということと、エドガー・A・ポー原作ということもあり、新人監督ウルマーの期待度が相当高かったことが分かる。(ただ、ポーの『黒猫』と本作はストーリー全く別物なので、ご注意を。)しかし、ウルマーはユニヴァーサルの社長の甥の妻を略奪してしまい、そのことが明るみになってメジャースタジオから追い出されてしまう。華々しい未来が閉ざされた彼はB級映画の制作に生涯を費やすことになるが、結果として『恐怖のまわり道』などの傑作を残せたので、それはそれで良かったのだろう。

 さて、美術監督あがりウルマーは、この映画における美術やセット、構図に彼流の美学をこれでもかと詰め込んでいる。物語自体は少々微妙なところはあるが、映像が本当に凄い。ボリス・カーロフの住む自宅はかなり独特なモダニズム建築で、画としてめちゃくちゃかっこいい。特に、螺旋階段で降りた先、薄暗い地下室にガラス張りの棺桶が立っていて、その透明な棺桶の中には浮いているように美女の死体が収められている、というセットが凄すぎる。どうしたらこんなものを思いつくのだろうか。

 悪魔教を崇拝するボリス・カーロフと、妻を奪われたベラ・ルゴシの対決というのが本作の大筋だが、彼らはまず、チェスで対決する。このあたりは、イングマール・ベルイマンの『第7の封印』に受け継がれていそうだ。また、冒頭、若い夫妻が雨の中カーロフの邸宅に辿り着くというのも、『ロッキー・ホラー・ショー』に影響を与えているらしい。ちなみに、日本では谷崎潤一郎の短編小説『魔術師』の中で、この映画に言及する場面がある。

 この映画を語る上で重要なのは、戦争の影だ。ベラ・ルゴシはシベリアで抑留されて収容所暮らしをしていたという設定で、戦争を憎んでいる。ボリス・カーロフが住む邸宅はおびただしい墓が並ぶその先に建てられており、ベラ・ルゴシは「あいつは戦争で死んだ人たちの上に家を作って住んでいる」とはっきりと批判している。そしてこの二人は、戦争経験によって精神を病んでいる。戦争に加担した男二人のいざこざに巻き込まれるのが、下の世代である能天気な若い夫婦。1934年の映画だが、今に通じるテーマ性を持っていると思う。戦争に巻き込まれ、痛い目をみるのはいつの時代も若者なのだ。

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