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【書評】リチャード・ブローティガン『西瓜等の日々』--善意は暴力に繋がる

 久しぶりにリチャード・ブローティガンの『西瓜糖の日々』を読み返した。まさにむちゃくちゃに名著である。
 内容はちょっとシュールでポップな感じのコミューンの話で、みんなが優しい、みんなが楽しい、みんなが嬉しい、みたいな感じの場所が、スイカを材料としたお砂糖でできている、という設定である。
 でも読み進めると、外の世界を知ってしまった人は排除され、最後はことごとく自殺に追い込まれる。しかも彼らが死んだ理由については誰も考えない。ただ彼らの遺体や持ち物、家には火がつけられ灰にさせられ、記憶から消去される。
 どうやらこの世界ではほとんど本も読まれず、したがって過去の記録もないらしい。幸せで非現実的な甘い世界を維持しようとすればするほど、裏側の暴力は激しくなる。そういった凄惨な状況がものすごく詩的で美しい言葉で語られるのだ。
 こういう本が、実際にコミューンなどが作られていた1968年に早くも書かれていたのが興味深い。その時代だったらまだ人類は、良い人による善意だけの共同体があり得ると信じていた、ぎりぎり最後の時代だったのではないか。けれどもブローティガンはそんなものは無理だ、としっかり見抜いていた。こうした認識の早さが素晴らしい。
 それにしても、藤本和子の訳が素晴らしくいい。どう言ったらいいのか。学校で習っていたら絶対にこんなふうにはならない、という感じの翻訳だ。まさに素手で英語と出会い、きちんとその手触りや匂いを感じた上で、自分の実感のある日本語に移し替えた、という訳。
 こういうのは翻訳の一つの理想像だけど、自分でもできるか、といえば心もとない。特に長いこと学校に通い、学校の先生にまでなってしまった僕には永遠に到達不能に思える。だからこそ憧れるんだけどね。

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