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意外に謎が深いガラスにまつわる話

液体の水を凍らすと固体の氷、温めると気体の水蒸気となります。

だれもが知っている常識ですが、「ガラス」は固体・液体・気体のどれ?と聞かれるとどう答えるでしょうか?

おそらく大半の方は「固体」と答えると思います。

ただ、実は厳格な答えは出ておらず、固体と液体の中間の存在とみなされています。
そんな身近なわりに謎が多いガラスを紹介してみたいと思います。

まず、冒頭のように固体・液体・気体のように物質の性質が大きく変わることを物理学の用語で「相転移」と呼ばれます。
ではその定義はというと、ざっくりいうと固体の場合は分子間の引力が働いて安定している状態です。
氷の場合は、大体0度未満になると6角形状に水分子(H2O)がぎっしりと詰まった結晶状態になります。

ちなみに、純粋な氷は光を通すため透明ですが、水以外の不純物が入ると不透明になります。
これは、光を散乱または吸収する物質が混ざっているからです。

固体から液体になると、結晶状態が崩れて各分子が自由に動くことが出来ます。
ただ、実はいくつかの水分子は固まったままで、それがほぐれたり集合したりした状態です。気体(水蒸気)になるとこれが完全にバラバラになった状態です。

そしてなんとガラスは、固体のような完全な結晶状態でなく、ある程度の分子(二酸化ケイ素が主流)の塊が動く、液体に近い状態となっています。

ちなみに、典型的な製法は、材料に熱を加えて溶融させ結晶化させないように急激に冷やして固めて作られます。
下記のサイトで歴史を交えて紹介しているので引用しておきます。最古は4世紀からだそうで、結構古い付き合いですね。

さて、結晶状態ではないことをして「ガラスは液体」と決めつけてもいいのですが、見た目だけで言うと固い「固体」なので抵抗がありますね。
(もちろん日常会話では固体でいいと思います)

そんな中で、2015年に京大研究グループが、コンピュータシミュレーションを使って、局所的に見た時に、低温高密度になるほど結晶構造、つまり固体状態であることを示す研究成果を発表しました。

日常生活への影響はないかもしれませんが、学術的にはある程度液体との識別が付きやすくなったので前進とも言えます。

ただ、通常の結晶とは異なるので、一般的にはこのように分子が乱れた構造のまま固まった状態を「非晶質(アモルファス)」といいます。

このアモルファスの仕組みは、我々は日常的に見ている窓ガラスだけでなく、金属にも応用されています。
ガラスの製法を応用したもので、「アモルファス金属」と呼ばれます。
ある程度金属分子が自由に動けるため、普通の金属より強くてしなやかで錆びにくく、磁気特性に優れているなどの特長があります。

上記サイトにも例示されているように、日本人研究者が実用化に成功し、電子機器の材料として重要な位置づけを締めています。

そして、もう1つ。2021年のノーベル物理学賞も、実は「ガラス」が関わっています。
日本物理学会の解説サイトを引用しておきます。

受賞者の一人パリージ博士が主に評価された研究テーマが「スピングラスの解析」と呼ばれています。

この「グラス」の由来が、「ガラス」のように非結晶状態の固体であるからということです。(ガラスは和製英語で正式にはGlassとつづります)

今まではあくまで分子間の結合力だけを触れましたが、このケースは磁石の力を表す表記で「スピン」と呼ばれるものを示しています。(この用語は量子力学でも使われますが、それとは異なる古典的な表現)
磁石のような磁力の強い物質はきれいに右向け右、といった形で全員が同じ方向を向きます。
そこに不純物を入れるとスピンの向きがランダムに見える不思議な物質(磁性体)が存在します。氷は見え方が不透明になりますが、この場合は中身の性質が不透明なもやもやした状態になります。
ちなみにこういった状態を「フラストレーション」と呼ばれます。なかなか親近感が湧くネーミングです☺

今まではレプリカ法というある程度丸めた(同質化した)仮定の条件でスピンを推計する数値計算を行っていましたが、あくまで近似法です。

今回の受賞は、ランダム化する(レプリカ対称性の破れ)新しい理論を唱えたことが評価されています。
めちゃくちゃ難しい理論なので、そのガチ解説は断念しますが(どうしても知りたい方は「スピングラス」で検索)、重要なのはその解法の概念が他の分野に幅広く適用出来ることにあります。

思い切ってシンプルに書くと、パリージ博士はランダムなスピンの向きを決めるパズルの新しい解き方を編み出したわけですが、それが有機物・無機物のランダム(結構広いシーンで登場)な動きや、さらにはAI(人工知能)の1手法にあたるニューラルネットワークにも応用されています。

まさに本質を突き止めた研究成果と言えますし、その挙動の不思議さを表すネームとして「ガラス」が採用されたのは、ある意味名誉(?)なことです。

最後はやや飛躍的な話になりましたが、ガラスを追求していくと、驚くほど自然(生物・無機物)・人工的(AI)なテーマを横断した深い研究に繋がっているというのは興味深いところです。

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