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脳出血での入院中のこと

私は受傷して、左半身は鉛のように重たくなり、頭の中は、情報処理のとても遅い、古いコンピューターに置き換えられた感覚になりました。

わかっているはずの事がわからない。
出来ていた事が出来ない。
話したくても言葉が出てこない。

寝起きのようなぼんやりとした頭でも「悔しくて、情けなくて、もどかしい」感情だけは、はっきりと感じていました。

今までの自分を無くした、絶望感。
何も出来ない事への失望感。

そんな思いの中、少しでも、人としての尊厳を取り戻したくて、急性期病院での、リハビリで、少しでも出来る事が増えると、主治医の先生に
「ごほうびを下さい」
と毎日言い続け、先生を困らせていた記憶があります。

今思うと、私の欲しかった「ごほうび」は、
「良く出来たね」「頑張ったね」「少しずつでも、確実に良くなってるね」
という、承認欲求を満たす言葉だったように思います。

自分自身では、その時の自分の事を認めるなんて、到底出来なかったので、他者から認められる事で、今の私でも生きてても良いという、存在理由を得そうとしていたんだと思います。

結局、主治医の先生はお忙しくて、私を褒める事は殆どしませんでしたが、出来ない事にだけ意識をフォーカスして、憤っていた私に対し、作業療法士の方が、
「ゆっくりやれば、必ず出来るから」 と声を掛けて下さり、その一言だけで、心がとても満たされました。

心が満たされると、次はもっと、こうしたい! という欲求が生まれてきます。 生きる希望とか、前向きに生きる、っていうのはそういう事だと思います。

その言葉は私に自信を与えてくれ、今でも私を支えています。

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2019/07/03に登壇させていただいた、東京都の高次脳機能障害者相談支援研修会の資料になります。東京都の行政・医療・福祉関係者向けでしたが、マンガなどを使ってわかりやすく書きました。

30代で脳出血から高次脳になった普通の主婦が当事者として感じたリアル体験談や悩みを綴ります。有料価格を設定していますが、中のノートはほぼ全…

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