見出し画像

「熊切」

あの頃たしかに「熊切(くまぎり)」は私の人生の中にいた。
やつは自分の家族とうまくやれなくて行き場所がなかったから、よく私の住んでる六畳一間の安アパートにコンビニで買った安酒と一緒に転がり込んできた。NEWSとかいう国産ウイスキー。つまみは食うと飲めなくなるからって買って来ないんだ。カネがなかっただけだと思うんだけどね。笑

でさ、翌朝乾いた酒の匂いぷんぷんさせながら自分の部屋から出かけるみたく涼しい顔で出かけていくんだよ。

あいつ、ああいうとき一体どこほっつき歩いてたんだろうな。

何やってもつまんなさそうでさ。そう言えば将来どうしたいとか何かになりたいとか、やつの口から聞いたことなかったな。聞く気にもなれないっていうかそういう質問を受け付けない雰囲気をぷんぷんさせてるんだよ。酒の匂いと一緒にさ。

なんか知んないけど、でも私のことについてはいろいろ聞いてきた。たまに一緒に喫茶店とか行くとね。

駅前の古い喫茶店。英会話の教材売りの女の子と会ったことあるんだここで。私もアホだから口車にのせられて25万する教材の契約しちゃって。あの頃まだ珍しかったビデオデッキが付いてきたんだよ。結局教材は使わないでそれだけが大活躍したな。ワールドプロレスリングの録画に。デッキだけなら10万ぐらいで買えたんじゃないか。笑

やつがメシ食ってタバコに火をつけるまで30分。

インベーダーで30分。

飽きた頃にやつはやっと私に顔向けて話しかけてくるんだ。
「カメラ見せろよ」
手つきがレンズさわりそうで危ないから「指紋つくからレンズだけはさわるなよ」って言うんだけどそれでもさわっちゃっておまけに自分の着てるジャージで拭こうとするからさ。たまったもんじゃない。

「お前さ、マジでカメラマンなるの?」
マジじゃなきゃ写真学校なんていちいち学費払って通わないだろっての。そう答えると
「ふうん。じゃあ俺を撮れよ」って。ちょっと待てよ。こっちが写真学校に通うのとお前の写真を撮るのと、どういう関係があるんだよ。笑

「しょうがないから俺がモデルになってやるよ」
しょうがないのはお前のほうだろモデルなんて頼んでねーよ!

でもさ、すっかりその気になりやがって。
こっちもアホだから撮っちゃうんだよなあ。笑

でもさ、ろくなもん食ってないからスタミナないんだやつ。笑 すぐ疲れて缶コーヒー休憩だよ。

やつはあの頃どこへ行きたかったんだろうな。もう聞くこともできないからときどき想像するんだけどわからないな。

もっと もっとさ、聞いてやればよかったな。でも言い訳になるけど本当に自分のことはあまり話さないやつだったんだ。好きな女とやった話とかは聞いてもいないのにめちゃくちゃしてくるのにさ。

熊切、お前あの頃ほんとうはどこへ行きたかったんだよ。

ストレスだけがたまってくような日々だったけど、たまり過ぎると憂さ晴らしは適当にしてたな。他の友達呼んでメシ食ってバカ話をしたり。
そういう時はやつも本気で楽しそうにしてたよ。相変わらず自分のことはあまり話さずに。

あとはまあ夜の街に繰り出したりな。笑

だけどある日。
私に彼女ができたんだ。しばらく彼女の住む辻堂にアパート借りて住み込んで写真撮ることにしたんだ。
その話をするとやつは
「ふうん」
それが最後だったな。

一度だけ風の便りにやつが私に会いたがってるって聞いたことがあった。
だけどその頃は結婚したばかりで六本木に住んで写真の仕事をしていたから会いに行く余裕もなかった。

さらにかなりの月日が経ってキングレコードから名古屋のアイドルの写真集を出したとき、見本をたくさんもらってさ。献本先をいろいろ振り分けているときふと、やつを思い出して。そうだ、これをやつに見せたいと思って昔の友達をたどって連絡を取ろうとしたんだ。

やつが地上からいなくなったのを知ったのはその時さ。

熊切、覚えてるか。

俺、一応カメラマンになったぞ。

お前はどこ行ったんだよ。なんで行っちゃったんだよ。
俺に会いたがってるって聞いたけど
なんで会いたかったんだ?
なにか話したいことでもあったのかよ。

俺は今むしょうにお前の声が聞きたいんだ。
お前に写真見て欲しいんだよ。
ネットのいいね!なんか一つもいらないから
すげえってお前に写真、褒めて欲しいんだよ。

会いたいよ。

熊切。

model:熊切逹也 @BearKrush2nd


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?