心郎太

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心郎太

皆様、はじめまして心郎太と申します。 メンバーシップにて僕のおじいちゃんの従軍日誌を公開しています。 歴史や政治、心など深いテーマを仲良く語るそんな仲間を大募集しています! 基本的にノンフィクションをテーマに書いてこうと思います。 フォローよろしくお願いします!

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僕の祖父は昭和12年9月から昭和15年4月までの支那事変従軍日誌を残してくれました。 行軍約1000日間の内、約600日の日記があります。 この日記を公開します。 末永く残せたらと思い、noteを始めてみました。 当時にタイムスリップして読んでいただけるとうれしいです。 また、考察や情報交換など掲示板にてお待ちしています。 最前線の様子や行軍、警備、次期作戦の準備、野戦病院のことなどが兵隊目線でしっかりと書き残されています。 なお、実名で公開していますので、メンバーシップにて有料公開とさせていただいております。 活動頻度は内容により不定期になりますが、最低でも週に一度は更新したいと思います。

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マガジン

  • 陣中に生きるマガジン②<昭和12年9月10日~>

    いよいよ本編スタートです。 これから長い旅路になりますので、メンバーシップになって応援してください!

  • 陣中に生きるマガジン①<タイトル・もくろく・宿願・まえがき>

    陣中に生きるマガジン第一弾です。現在無料公開中!

  • 川に流されて生き延びた話<体験談>

    僕が少年時代に体験した実話です。 川に流されてしまった僕は如何にして生き延びたのか? 全8話+番外編!最後まで読んでください!

最近の記事

陣中に生きる—16

十月九日 雨 ― 新任大隊長 ― 夜が明ける。銃声がほとんど止んでいるのでホッとした。 しかし、雨は小やみもなく降っている。 極度に緊張しておればこそ、こんな泥につかっておれたものだ。 はるか東方から南方にかけては、ずっと激戦がつづいていた。 友軍はさかんに砲撃をやってるらしく、遠雷さながらの、砲声がひっきりなしに聞える。 とろとろと、仮睡のところを起こされた。 新任大隊長殿の初巡視である。 隊長殿のご温情で、日中は交代に休養してよいことになった。 午後は、南方の残

    • 陣中に生きる—15

      二、上海戦線りゅう家行西方地区に於ける戦闘昭和十二年十月 七日より 同    同三十一日まで 十月七日 雨 ― 初戦 ― 三時起床、四時半出発準備完了。 五時、闇をついて出発。 歩兵部隊と合流したので、渦を巻いての混雑である。 遠く近く銃砲声を耳にしながら、無我夢中で歩きつづける。 八時、大休止、朝食。 おかずは皆無である。 不慣れの馬が多いので、はや疲労の色を見せ、中にはドサリと寝てしまうものもいる。 途中で初めて駄載(ださい。大砲を分解して六頭の馬にのせること)を

      • 陣中に生きる—14

        B 陣中日誌一、上海北方地区に於ける戦闘準備 昭和十二年十月 四日より 同    同  六日まで 十月 四日 曇 ― ウースン港上陸 ― 朝早くから、黄浦江をそ行。 十一時、ウースン(呉淞)港に上陸することになる。 また、馬卸しの船内掛を命ぜられる。 これにはウンザリしていたのに・・・・・。 船倉に入ると蒸されるように暑く、たちこめる臭気はむせ返るばかりである。 それに、蠅の群はまるで煙だ。 正午までに半分をすまし、十三時、完了して上陸する。 いよいよ敵国の土をふん

        • 陣中に生きる—13

          十月 一日 雨 ― 平穏な航海 ― 明け方、寒くて目がさめた。 内海なので、船はほとんど揺れない。 雨がシトシト降っていて、うす暗い船内は余計にうっとうしい。 正午、勤務交代。 予防接種をしたので、かたがた休養する。 前方に二せき、後方に三せき、計六せきが一列縦隊になって、軍艦に護衛されて進んでいる。 ゴトゴトという音が、引っきりなしに聞こえる、 重苦しく、耳障りである。 玄界なだもそれほどではなかった。 前回、大しけに苦しんだことを思いだす。 でも、やはり大方のもの

        陣中に生きる—16

        マガジン

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          12本
        • 陣中に生きるマガジン①<タイトル・もくろく・宿願・まえがき>
          4本
        • 川に流されて生き延びた話<体験談>
          9本
          ¥300

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        メンバー特典記事

          陣中に生きる—16

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          十月九日 雨 ― 新任大隊長 ― 夜が明ける。銃声がほとんど止んでいるのでホッとした。 しかし、雨は小やみもなく降っている。 極度に緊張しておればこそ、こんな泥につかっておれたものだ。 はるか東方から南方にかけては、ずっと激戦がつづいていた。 友軍はさかんに砲撃をやってるらしく、遠雷さながらの、砲声がひっきりなしに聞える。 とろとろと、仮睡のところを起こされた。 新任大隊長殿の初巡視である。 隊長殿のご温情で、日中は交代に休養してよいことになった。 午後は、南方の残

          陣中に生きる—16

          陣中に生きる—15

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          二、上海戦線りゅう家行西方地区に於ける戦闘昭和十二年十月 七日より 同    同三十一日まで 十月七日 雨 ― 初戦 ― 三時起床、四時半出発準備完了。 五時、闇をついて出発。 歩兵部隊と合流したので、渦を巻いての混雑である。 遠く近く銃砲声を耳にしながら、無我夢中で歩きつづける。 八時、大休止、朝食。 おかずは皆無である。 不慣れの馬が多いので、はや疲労の色を見せ、中にはドサリと寝てしまうものもいる。 途中で初めて駄載(ださい。大砲を分解して六頭の馬にのせること)を

          陣中に生きる—15

          陣中に生きる—14

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          B 陣中日誌一、上海北方地区に於ける戦闘準備 昭和十二年十月 四日より 同    同  六日まで 十月 四日 曇 ― ウースン港上陸 ― 朝早くから、黄浦江をそ行。 十一時、ウースン(呉淞)港に上陸することになる。 また、馬卸しの船内掛を命ぜられる。 これにはウンザリしていたのに・・・・・。 船倉に入ると蒸されるように暑く、たちこめる臭気はむせ返るばかりである。 それに、蠅の群はまるで煙だ。 正午までに半分をすまし、十三時、完了して上陸する。 いよいよ敵国の土をふん

          陣中に生きる—14

          陣中に生きる—13

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          十月 一日 雨 ― 平穏な航海 ― 明け方、寒くて目がさめた。 内海なので、船はほとんど揺れない。 雨がシトシト降っていて、うす暗い船内は余計にうっとうしい。 正午、勤務交代。 予防接種をしたので、かたがた休養する。 前方に二せき、後方に三せき、計六せきが一列縦隊になって、軍艦に護衛されて進んでいる。 ゴトゴトという音が、引っきりなしに聞こえる、 重苦しく、耳障りである。 玄界なだもそれほどではなかった。 前回、大しけに苦しんだことを思いだす。 でも、やはり大方のもの

          陣中に生きる—13

          陣中に生きる—12

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          四、祖国よさらば! 九月二十七日 高田出発より 十月三日 揚子江遡行まで 九月二十七日 ― 神戸着 ― 二時二十分、高田駅出発。 真夜中なので、静かな出発である。

          陣中に生きる—12

          陣中に生きる—11

          「スタンダードプラン」に参加すると最後まで読めます

          九月二十五日 動員完結。 高田練兵場において軍装検査。 後記 軍装検査について。 この度の動員第一日は、自分が応召した日だったのか、それとももっと早かったのか、それは不明である。 とにかく、自分が入隊してからでも十五日かかって、ようやくそれが完した。 ということは、この度の部隊編成はかなり大規模なものであり、その上新兵器がとり入れられたり、輸送が複雑だったり、いろいろな事情があったものと思われた。 軍装検査は、高田練兵場で実施された。 片道二粁くらいだったと思うが、完

          陣中に生きる—11

        記事

          陣中に生きる—12

          四、祖国よさらば! 九月二十七日 高田出発より 十月三日 揚子江遡行まで 九月二十七日 ― 神戸着 ― 二時二十分、高田駅出発。 真夜中なので、静かな出発である。

          陣中に生きる—12

          陣中に生きる—11

          九月二十五日 動員完結。 高田練兵場において軍装検査。 後記 軍装検査について。 この度の動員第一日は、自分が応召した日だったのか、それとももっと早かったのか、それは不明である。 とにかく、自分が入隊してからでも十五日かかって、ようやくそれが完した。 ということは、この度の部隊編成はかなり大規模なものであり、その上新兵器がとり入れられたり、輸送が複雑だったり、いろいろな事情があったものと思われた。 軍装検査は、高田練兵場で実施された。 片道二粁くらいだったと思うが、完

          陣中に生きる—11

          陣中に生きる—10

          三、出征準備 昭和十二年 九月十二日より 同    同 二十六日まで 九月十二日 曇り ― 民宿 ― いよいよ今日から、客扱いではなくなった。 終日、もとの縫工場、現在の各隊事務室で仕事する。 夕方、厩舎(うまや)の受領に行ったが、未完成なので受領せず。 途中から、雨がショボショボ・・・・・。 うっとうしくて滅入りそうだ。

          陣中に生きる—10

          陣中に生きる—9

          九月十一日 曇り ③ 自分も、面会人などはあるまい、あってもどうにもなるまいと、あきらめていたところだった。 四人は、弟の場合をふくめて、重ね重ねの天恵によって、一目会えたことが有難く、しばらくはその話ばかりで笑いあった。 相互に心の中では、<幸先よし!>と、喜んでいるに違いなかった。 話たいことは山々あっても、こんな時こんな所では、しかも大の男ばかりでは、とても存分に話し会えるものではなかった。 そこは相互の推察にまかすことにして、ついに別れることになった。 よそ目には

          陣中に生きる—9

          陣中に生きる—8

          九月十一日 曇り ② 善は急げである。 胸をおどらせながら、さっそく自動車を営門へととばす。 着いた! 人影は、見当たらない 柳の巨木がおおいかぶさっていて、重苦しいばかりの静寂であり、不気味なばかりのさびしさである。 いくら探してもいない。 待っても現れない。 もしかしたら、まだ駅かも? また自動車をとばす。 駅の内外をくまなく探す。 見つからない。 いら立ちがつのる。 また営門へ。 いない⁈ 待ったが、現れない。 まちがって裏門へ行ったのかも・・・・・。 いや、落

          陣中に生きる—8

          戦後のおじいちゃんの言葉

          現在僕は、おじいちゃんの残してくれた従軍日記をnoteで少しずつ公開しています。 その中で、こころに刺さった短文を紹介します。 倖せ! わたしどもの 若い時は、 外からの 無慈悲な力で、 親子夫婦のあいだを 引きさかれた。 家庭の事情も、 家族や本人の意思も、 まったく無視された。 命すらも捨てさせられた。 そのような国家も、 はかり知れない犠牲によって、 生まれ変わり、生長しつつある。 今の人たちには、 あんな悲劇や苦痛はなくなった。 結婚するにしても、 そんな心

          戦後のおじいちゃんの言葉

          間違えて、勢い余って、ストック用にと作っていた陣中に生きる7を公開してしまった! で、陣中に生きる6もすぐに公開しました。 順番前後してますがぜひメンバーシップ登録して読んでみてください!

          間違えて、勢い余って、ストック用にと作っていた陣中に生きる7を公開してしまった! で、陣中に生きる6もすぐに公開しました。 順番前後してますがぜひメンバーシップ登録して読んでみてください!

          陣中に生きる—6

          九月十日 曇り ② 甲子園で、急行に乗り換える。 浜脇小の校長ほか一部の人々は、ここから引き返された。 しかし、まだまだたくさんの人が自分を見送りに来ていた。 これらの人々を見ると、ほんとうに有がたくうれしかった。 そこでなんとか謝意をと思いながらも、どうしても現しえない。 それがもどかしくてならない。 阪神梅田駅に、介中さんがでていてくれた。 よくもこんなに早く、方々に知れわたったものである。 大阪駅についた。 予定通りなので、やれやれと思う。 同僚たちは、ほとんど顔

          陣中に生きる—6

          陣中に生きる—7

          二、入隊 昭和十二年 九月十一日 充員招集の為独立山砲兵第一聯隊に応召  同日山砲兵第十九聯隊第五中隊に編入 九月十一日 曇り ① ― めぐりあい ― 二十二時二十六分長野発の列車が動いた。 見ると、応召兵とその見送りらしい人々で超満員である。 入口はおろか、連結部までも、文字通りのすし詰めである。 この汽車に乗らなければ、入隊時間に間にあわない。 それなのに、どの入口に行っても、どうしても明けてくれない。 <なんと殺生な!>と歯ぎしりした。 だが実のところ、明けよ

          陣中に生きる—7

          本日、陣中に生きる-6更新予定です! どれほどの人が戦争の歴史に興味があるのかは未知数ですが、昭和初期にタイムスリップしたような感覚で読んでいただけると幸いです。 応援よろしくお願いいたします!

          本日、陣中に生きる-6更新予定です! どれほどの人が戦争の歴史に興味があるのかは未知数ですが、昭和初期にタイムスリップしたような感覚で読んでいただけると幸いです。 応援よろしくお願いいたします!

          陣中に生きるー5

          A  出征 一、動員下令   昭和十二年 九月十一日 九月十日 曇 ① ― 愛別離苦 ― 昨夜はどうしたことか寝つきが悪く、二時過ぎまで、学校の現状などについて考えていた。 多分、三時間ほどしか眠っていない。 でも、いつもと変りなく、元気で出勤した。 第一校時は高女の団体訓練。 第二校時は算術だったが、新聞記事<北支の泥海>を読み聞かせ、所感を付け加えて、例題を一つやると時間がきた。 参観日なので親しい父兄もチラホラ見えている。 職員室にもどって、ドッカと腰をおろす

          陣中に生きるー5

          現在、陣中に生きる本編作成中です。 思いのほか大変だと気づきました~ しかし、おじいちゃんの宿願のために、がんばります!

          現在、陣中に生きる本編作成中です。 思いのほか大変だと気づきました~ しかし、おじいちゃんの宿願のために、がんばります!