#10 腐女子の世界完結編
連載最終回、ここまで読んでいただきありがとうございました。
今回は過去のコラムで書き忘れたことを中心に、BLの用語と歴史、これからを語らせてください。
ちょっと既視感あっても赦してね。
腐女子の過去・BLの過去
すごく重要なことを書き忘れていました。
そもそも腐女子・BLという概念は、どこから来たのか?(第二回・第五回補足)
「腐女子」の発祥は?
腐女子という呼び名は、インターネット上で自然発生したと考えられています。現在確認できる最古の記述は、東工大教授・赤穂昭太郎氏による1999年8月11日のブログだそうです。
時期的に、発祥の地はインターネット掲示板「2ちゃんねる」(現「5ちゃんねる」)あるいは「あめぞう」と推測されますが、全ては破棄されたログデータのなか…。
インターネット風俗史は流れ逝くもの。バズワードは発案者の手を離れて独り歩きしており、「腐女子」もそんな言葉のひとつです。
友人に、インターネットミーム「嘘松」の発案者がいます。本人は「ここまで広がるともう自分が考えたなんて言えない」とのこと…
何の言葉もない時代
BLとかやおいとか、「私もそういうの好き!」という話をするうえで大切な共通の言葉がない時代にも、女子によるブロマンス萌え作品がありました。司馬遼太郎の『燃えよ剣』から10年後、1972年に発行されたのがこれ。
ブロマンスという言葉も無く、新選組の知名度も低かった時代。歴史的資料もほとんど埋もれていた頃の新選組モノです。タイトル通り主人公は沖田総司で、天真爛漫な美青年剣士に誰もが恋する名作。
そんな彼が結核でいよいよ寝込む終盤、新撰組の凋落も目に見えてきた頃に「鬼の副長」土方歳三が訪ねてきます。
何が始まるかと思ったよね(ナニが)。半世紀前の歴オタ腐姐様に最敬礼しました。
少女漫画の「耽美」
この『沖田総司』が発行された1970年代、少女漫画界では大革新が起きていました。いわゆる「花の24年組」の活躍です。
そのころ描かれた複雑で繊細な作品たちが、今の少女漫画の礎になっている、と言われています。それらのなかに、美少年の性愛や同性愛を描いた「耽美(主義)」というジャンルがありました。
この「耽美」がBLの萌芽。つまり少女漫画とBLは同時に始まっていたのです。
ジュネ(JUNE)もの
70年代~80年代。
JUNEという漫画雑誌が耽美な作品に特価していたため、「耽美」の言い換えとして「ジュネ」という言葉が広がったようです。耽美よりもサブカル的なニュアンスが強いかな?
この時期のオタク女を代表するのは中村梓(=栗本薫)女史。彼女の「オタク女=社会に抑圧された被害者」という解説は、もしかしたら今でも社会の基本認識になっているかもしれません。
個人的には「それは貴女個人の話では」とか「何もそんなに男性社会に復讐心を燃やさんでも」とか…。あと「グインサーガの自キャラ萌えは正直キツかったです」とかいろいろ腑に落ちない気持ちではいますが。腐女子は多様性の文化なので、彼女のような人もたくさんいると思います。
やおい
たぶん90年代。何の展開もなく、ただただ男どうしがヤってる作品…つまり、作品の最初からエッチしててずーっとエッチしててエッチしたまま終わる、そういう作品を「ヤマなし、オチなし、イミなし」と揶揄して「やおい」という言葉が使われました。
作品の特性上、やおいの餌食になったのは主にキャラクターが確立済みの商業作品でした。つまり「やおい」は、おおむね二次創作のエロ同人誌を指しています。(おおむね、ね)
現在の同人誌即売イベントでは、男性向け・女性向けそれぞれのエロ同人コーナーがあります。女性向けジャンルの固定化が、男性向けジャンルの進出を後押ししたという分析も読んだことがあります。(出典忘れました…なんて本だったかなあ…)
やおいを紹介するうえで外せないのが、アニメ『ユーリ!!! on ICE』、略称「YOI」です。詳細は割愛しますが凄かった…
BL
ボーイズラブ。もとは「耽美」「ジュネ」「やおい」と、どこかインモラルな響きのある言葉の言い換えとして生まれた単語だったようです。
やがて「耽美ではなく、現実」「やおいではなく、一次創作」といった広義のニュアンスを得て定着し、愛着や絆と性愛を自在に入れ替えて遊ぶ様式美が確立しました。
ボーイズラブという言葉によって「耽美でもやおいでもないBL作品」が可視化されたのです。
そう、先述の『沖田総司』みたいなね!!!
腐女子のいま・BLのトレンド
そして現代、腐女子はイキイキとBLを楽しんでいます。(第一回・第三回・第四回・第六回・第七回補足)
ステルス腐女子が多い
中村梓『コミュニケーション不全症候群』では説明しきれない「とくに社会生活に不全を感じていないオタク」、そして、「腐ってない人と何ひとつ変わらない社会生活を送っている腐女子」が増えました。
増えたというか、可視化されたというか。
オタク・腐女子という嗜好が正常な道からドロップアウトしたものの行き着く先ではなく、誰しも持ちうる特性のひとつとして認識されたのかもしれません。
経済単位として無視できない
女性向けコンテンツのターゲットとして、腐女子の経済能力はすでに目をつけられています。
BL界隈はコンテンツにカネを出す、優秀な消費者がいる市場であり、固定ファンを持った上手い作家をピックアップする場でもあります。
そして個人の創作活動は、中小の印刷業者の経済を支えています。個人客相手で客単価が数万円になる商売ってそんなに無いでしょう(これは腐女子に限らないけどね)
トレンドと「議論」
BL文化の内省的な議論は、他の性娯楽には見られない特有の傾向です。これは「何でもアリだからこそ自省を求められる」という自由の本質を突いています。
水掛け論が「学級会」と揶揄されることもありますが、いわゆる「ポリティカル・コレクトネス」を現実の娯楽にどう落とし込み、誰も傷つけない娯楽をどうやって成立させるかの模索が続いているようにも見えるのです。
少なくともこの数年で、センシティブな言葉、差別用語をそのまま目にする機会は激減しました。10年間変わらずに年末ケツバットを続けているTVメディアよりも、すでに先進的ではないかと思います。
国外の腐女子ネキたち
多分、昔からいたんだろうね…インターネットのおかげで世界中の腐女子とつながることが可能になりました。
Twitter、Pixiv、その他BL特化型のメディアで、同じ趣味を持つ他国の女子を知り、腐女子マインドは人類に普遍のモノであることに気付かせてもらいました(オタクだから壮大にしがち)。
BL好きは共通でも、国によって「性的」の定義にかなり差があるのは面白いですね。腐女子活動のスタンス(隠れるべきか、公表するべきか)なんかもお国柄が出ているようです。
英語圏では二次創作を見せられたムービースターがその場面を再現するようなこともあるのだとか。うらやまけしからん。
腐女子のこれから
腐女子は治らない
「あの頃腐ってたけど、今は別に…」という人も、言ってしまえばいまハマる沼がないだけだと思います。
何年経っても戻ってきていいのよ。私達は沼の底で待っています。
封神演義も銀英伝も幽遊白書も作られています。コラボグッズの質も上がっています。
さあときめきとお財布を持って、ウェルカムバック腐女子諸姉♡
腐女子の能力は使える
シコシコとHTMLタグを打って個人サイトを作っていたあの頃。シコシコと原稿を書き、本にして業者さながらに手売りで商売を完結させている現代。
ツールは変わってもやっていること・目指すものは同じです。腐女子はいつでも最新のツールを駆使しています。原動力は性欲。すべてはすけべのために。
家のパソコンでこっそりエッチな検索をかけた幼い腐女子は、やがて堂々とエッチな作品を創造するクリエイターになります。
このネットリテラシーとツールスキル、眠らせておくには惜しいものになっていくと思いますよ。
娯楽が全てを飲み込む
BLのかくあるべし論はずっと続くでしょう。
「これはいけない」「こうあるべきだ」という主観と客観の入り混じる議論が煮詰まったときに、どこからともなく新しい考え方が生まれます。
「オメガバース」や「セックスしないと出られない部屋」は、腐女子のこだわりを象徴する「型」です。この型を使って話を
と発展させるとき、議論は娯楽によって一段階先に進みます。
前回語ったように、私はBLに旧いフェミニズムの無効化を期待しているのですが、それも、この「議論を娯楽で包む」技法のひとつです。この技法は、多様性の社会において非常に重要な考え方になるはずです。
BLが現実を侵蝕する
盛んな議論の先にあるのは「あるべき世界」の理想論。
素人がつくる妄想の話でも侮れません。誰も傷つけず、誰でも楽しむことを許される、大人のための物語が生まれるかもしれないのです。
ただ、基本的に「他人を性的に消費する」というのは、失礼で気持ちの悪いものです。性娯楽にはゾーニング・レーティングが必要だから、多くの腐女子は他人にその嗜好をわざわざ明かしたりはしません。
腐女子は、未来の娯楽を生み出す求道者です。なので、腐女子っぽい女性を見つけても、どうかほっといてください。
最後に
暑苦しい長文にお付き合いくださり、ありがとうございました。ネタ元にしたフォロワーさん、ごめんなさい。
ここまで1年間、なんと配偶者には腐バレしないまま連載が完結しました。
何で腐女子はなんでもかんでもBLにするの?それ以外にも絆があるでしょ?
と言われることもありましたが、「ソダネー」なんて返事をしつつ
恋愛以外の絆で結ばれているならセックスくらいしてたっていいじゃん
と思っていることを述べて〆たいと思います。
最後に最大限のリスペクトを込めて、つづ井さんに本連載を捧げます。
ありがとうございました!
投稿日 2018.03.30
ブックレビューサイトシミルボン(2023年10月に閉鎖)に投稿したレビューの転載です
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