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気遣いの達人・さだまさしさんから教わった「ほめる」極意

人からほめられると、つい謙遜してしまう―。そんな日本人らしい行動を「ちょっと」でいいから、変えてみてほしい。日本ほめる達人協会の松本秀男さんはそういいます。例えばいつものあいさつに「ちょい足し」することですべてが変わり出す、言葉の魔法。それは、薫陶を受けたさだまさしさんから学んだものでした。

話を聞いた人:松本秀男さん 

東京生まれ。國學院大學文学部卒業後、歌手さだまさし氏のプロダクションで8年半勤め、制作担当マネージャーとしてアーティスト活動をサポート。その後、家業のガソリンスタンド経営を経て、45歳で外資系大手損害保険会社に転職。トップ営業経験の後、伝説のトレーナーとして部門実績を前年比130%に。さらに本社・経営企画部のマネージャーとなり社長賞を受賞するなど、数々の成果と感動エピソードを生み出し続けた。現在は「日本ほめる達人協会」(ほめ達)の顧問として、リーダーシップやコミュニケーション、チームビルディング研修、子育て講演などでも活躍する。



ほめるは喜びの交換「I’m proud of you」

「すごいね」「上手だね!」。ふいにほめられた瞬間、言葉に詰まって「いやいや」と、思わず濁してしまう。職場や友人との会話でよくある光景ではないでしょうか。「日本ほめる達人協会」の顧問である松本さんは、そんな日本人のほめ方を変えたいといいます。

「ほめるという言葉を辞書で引いてみると『同等、もしくは目下の人のことを評価したり、優れていると認めること』なんて書いてあるんです。つまり、ほめられた=評価されたとなってしまう。これでは謙遜してしまうのも当然です」

上から目線な「ほめ」ではなく、主観的に「ほめ」る。英語で「I’m proud of you」のニュアンスに近いといいます。

「直訳すれば『私はあなたを誇りに思う』。誰かと比べたり評価するのではなく、自分が主観で喜んでいることがはっきり伝わりますね。イギリス在住の日本人の方に教えていただいた言葉なのですが、私のやりたい活動はつまり、『I’m proud of you』を広めることなんだなと改めて思いました」

ほめても嬉しいし、ほめられても嬉しい。つまりは「喜びの交換」ともいえるのが「I’m proud of you」なほめ方。とはいえ、ついつい謙遜してしまう癖をどのように改善していったら良いのでしょうか。


たった一文字が、顔も気持ちも動かす

「私が提唱しているのは、ふた言挨拶です。挨拶をひと言で終わらせずに、何か付け加える。『おはようございます、暑くなりそうですね』『おはようございます、今日の大谷どうですかね』。このちょっとした一言を加えるだけで、挨拶の意味が大きく変わります」

でも、わざわざ付け加えるほど共通の話題が、何もないとしたら?

「そんな時は『あ、おはよう』でも大丈夫。『あ』の一言で、相手とつながれますから」

誰もいない宙に向かって言うのではなく、相手の目に向かって言うことが大事。それが、コミュニケーションをこちらから取りに行くことになり、相手の存在を認めることになると松本さんは言います。確かに、オフィスに入り、パソコンと向き合っている同僚がほとんどの状態だと、ついつい宙に向かって挨拶してしまいがち。
でも相手に注意を向けることで、アイコンタクトにつながり、自然と会話が生まれてくるといいます。小さなことのようですが、このふた言挨拶の積み重ねが、企業風土にまで影響した例も。「ほめ達」の研修を導入した航空会社のスカイマーク株式会社のケースです。

「経営破たん後の再建に取り組む中、社長は社員がやりがいを感じながら、顧客満足度を上げることに力を入れて、3年に渡りほめ達研修を導入されました。中でもスカイマークさんが徹底したのはふた言挨拶。すると、定時運航率1位という結果が。その後も(2022年時点)スカイマークは定時運航率6年連続で1位を達成しています」

社内全体でふた言挨拶を徹底したといいますが、実際にどんな変化が起こったのでしょうか。

「挨拶は、どんな立場のどんな部署の人でも、無理なくできることです。『昨日もありがとうございました』『あの件、うまくいってます』。そんなふた言の繰り返しで、みるみるうちに組織の風通しがよくなりました。職場の空気が変わると、ちょっとした情報や報告、今まで話していなかったことまで共有するように。結果としてトラブルの防止や課題解決につながり、定時運行率の上昇につながったというわけです」

「ほめること」も「ほめられること」も苦手な私たちに対して、ほめることの意味や効果をわかりやすく伝えてくれる松本さん。ここに至るまでには、歌手であり、やさしい語り口がお茶の間でも人気のさだまさしさんの影響が、多分にあるのだといいます。

「ひと言」プラスするアイディアを、70のエピソードとともに紹介している1冊。 
『できる大人は「ひと言」加える』松本秀男著 / 青春出版社


25歳にして気遣いの達人・さだまさし

松本さんとさだまさしさんは、おなじ國學院高校の落研(落語研究会)の先輩と後輩という間柄。松本さんが國學院高校に入学した頃、さださんは25歳。すでに『雨やどり』でヒットを飛ばし、アイドル的な人気がありました。松本さんが落研に入ると、OBにさださんがいるので、落研はファンの女の子ばかり。その先輩女子が教えてくれたさださんの自宅の住所に年賀状を書いたら、すぐに返事が来たことから、交流が始まったといいます。

「返事が来て驚きましたよ、すでにさださんは有名人でしたから。でも、久しぶりの男子部員だったから嬉しかったと、後で言われました。年賀状には電話をよこせと書かれていて、自宅まで行くことになって。半日お話しを聞かせてもらってご馳走になった帰り際、また遊びに来いと。ただ、『さだまさしに連絡するのも遠慮するだろうから、今オレが一番好きなポール・サイモンのアルバムを貸すから、それを返しに来い』と。振り返ればその当時から、気遣いの達人でしたね」

さださんの人柄に惚れ、吸い寄せられるようにさださんの元で働くことに。30歳までさださんのマネージャーを務め、ほめることの真髄を知ったといいます。

「さださんが映画の事業で大きな借金を抱えていた頃です。年間160本もライブをして、馬車馬のように働き、本人が一番大変なはずなのに、僕らのことをほめてくれるんですよ。朝、自宅に迎えに行ったら『昨日レコーディングに明け方まで付き合っててさ、一回うち帰った? で、こうやって迎えに来てさ、身支度して。寝てるのか? よく頑張るなーお前』って。歌いも喋りもしない、単なるマネージャーの僕らに、この気遣い。感動しちゃいますよね。この人のためだったら頑張ろうって気持ちに、自然となれるんです」

さださんの音楽や小説といった表現の中には、人生や人を労わる言葉が多くあります。

小さな物語でも 自分の人生の中では 誰もがみな主人公

「主人公」より

松本さんは、さださんから学んだことを世の中に伝え、さださんのようなポジティブでやさしい空気を社会にもたらしたいと考えるようになります。それが、ほめる達人協会の活動に繋がっていくのです。


ただのヨイショは逆効果

実家の家業を継ぐことになり、さださんの事務所を辞めた松本さん。その後、保険の営業マンに転身し、さださんの教えを実社会の中で実践していきます。

「最初はとにかくほめればいいと思って、ヨイショしてたんですよ。でも見え透いたお世辞なんて、相手にもわかるもの。成績も上がらず、どうしたものかと思って先輩営業マンに同行させてもらったんです。そしたら、ほめ上手というより、相手の良いところに関心を持つことが上手なんだなと気づいて。さださんにほめられてあれだけ嬉しかったのも、僕の行動に関心を持った上でほめてくれたからなんだなと」

それ以後、ただほめるだけでなく、どんな視点や姿勢や考え方で伝えると、まわりや自分の人生に役に立つのかを試しながら、独自にほめることを深めていきます。

「たとえば同じ感謝を表すにも、すみませんと言うときは眉間に皺が寄って、近寄りがたくなります。でもありがとうと感謝するときは、相手を受け入れている表情になり人が近寄りやすくなるんです。こういうコミュニケーションのメソッドをいろんな切り口で伝えていくのが、ほめる達人協会の活動です」


再び師匠と働く、出会いと巡り合わせと

國學院大學の客員教授も務めている、さだまさしさん。今春、松本さんはさださんの個人事務所の代表となり、再びさださんと一緒に働くことになりました。高校生で出会ってから数十年、一度は離れたさださんと再び時間を共にすることになったことは、不思議な縁を感じるといいます。

「結局は、さださんと僕が伝えようとしていることは同じなんです。さださんが歌や小説で繰り返し表現してきた、ささやかな人生やささやかな暮らし、命の尊さといったことを、僕も僕なりに伝えてきました。さださんに活躍していただくことが、自分の使命感にもつながる。そう思えるのが、しあわせなことだと思います」

稀有な才能の持ち主と、ひょんなきっかけで出会う。そのご縁を大切にし、自分の生きる指針とするだけでなく、そこで得た貴重な経験を世の中に広めていく。松本さんとさださんのふたりで作り上げた「ほめる」の活動は、これからの世の中にもっともっと、必要とされていくことでしょう。

執筆:峰典子/撮影:加藤友美子/編集:佐藤渉

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