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「電車」という空間での出会いと奇跡を楽しむ作品 ー『阪急電車』|有川浩

この記事はオンラインスクールSHElikesのライティング講座で執筆した課題をリライトしたものです。「おすすめの好きな本」というテーマで、執筆しております。

日々の電車で、皆さんはどう過ごしていますか?スマホで音楽や動画、ゲームをする、本を読むなど過ごし方はさまざまだと思います。

通勤電車で電車に乗って空席を探してるとき「あっ、あの人いつもあの席にいるな」「近所のスーパーで見かけた顔だ!」など電車内では、お互い認識しているかは分からないけれど勝手に知り合いのような感覚で、一方的に気にかけているという距離感。
しかし、一人で乗っているときは席を譲ることや緊急時以外は、誰かと会話する機会はほぼありません。

「電車」という空間は、移動手段というだけでなく、人の数だけ色んな感情が入り交じり、時に誰かと楽しみや思い出を共有しながら過ごた場所でしょう。電車の中では、誰もが肩書きを持たない素の自分にもどれる空間でもあるのです。

もし、それぞれが違う環境や立場の人たちが同じ電車の中で、何かのきっかけで話す機会が生まれることはほとんど奇跡に近いようなことです。

有川浩さんの小説『阪急電車』は、電車内でのストーリーを描きながらも、現実にどこかで起こっているのでは?と期待させるような出会いに溢れ幸せな気持ちにしてくれます。

映画もいいけど、ぜひ原作を読んでほしい!

この『阪急電車』は映画化もされています。小説から映画をみると何だか物足りなかったり、期待と違うなと思ったりする作品もありますが、映画も小説に劣らず関西弁の軽快な会話と駅ごとにストーリーが変化することで飽きずに一気に世界観に引き込まれます。

舞台となるのは、兵庫県宝塚市の宝塚駅から兵庫県西宮市の西宮北口駅まで片道約15分の阪急電鉄の路線。エンジ色の車体がレトロで、宝塚歌劇団のある宝塚駅もあり、品の良い土地柄を感じさせるローカルな沿線です。

まず、目次を開くと各章ごとのタイトルが駅名となっています。路線図の順番で片道8駅、宝塚駅から西宮北口駅、そして西宮北口駅からまた折り返して宝塚駅までの往復16駅で生まれる偶然の出会いが描かれています。駅名も少し読み方に迷う「小林駅(おばやしえき)」、「門戸厄神駅(もんどやくじんえき)」といった本を読んではじめて耳にする聞きなれない駅名も、読んでいて新鮮な気分になります。

電車内の出会いで少しずつ人生が動き出す

ここからは、わたしが印象に残った場面3つをご紹介いたします。

1.小さなきっかけで日常が変化していく

最初の章の「宝塚駅」では、図書館でよく見かける女性と偶然隣り合わせになり、恋がはじまっていく予感からスタートします。女性を気にかけていた主人公の征士(まさし)は電車で隣り合わせたことを歯がゆく感じつつも、意識しすぎるのも気が引ける微妙な距離感。

しかし、女性側も図書館で見かける征士の存在を認知して、車窓から見える風景をきっかけに自然と会話が生まれていきます。小さなきっかけで日常が大きく変化していく様は、微笑ましく昔の恋愛を思い出し甘酸っぱい気持ちになります。

2. 人にはそれぞれ悩みや苦しみはあるが、たくましく前を向く

幸せな展開になった次の章では、婚約者を寝取られて婚約破棄になった翔子が主人公となります。元婚約者の結婚式に討ち入りに行き、疲れ切った翔子にたまたま隣に座った老婦人が声をかけます。そんな老婦人も、嫁との関係は表面上はよいが、お互いにそれぞれ不満を抱えています。

それぞれの章で主役がいて、ドラマがあります。DVの彼氏に悩む女性、PTAに馴染めない女性、受験前の女子高生など、悩み迷いながら生きている女性たちが登場します。

弱さを認め、自分で乗り越えていく強さを持ちつつ優しさもかねている魅力ある女性たち。たとえ嫌われても人に正しいことを言えることが本当の優しさでもあります。本を読みながら「自分の周りにいる人でも、当てはまる人がいるのでは?」と友人を思い浮かべてみると、思わぬ長所に気づくかもしれません。

3.駅の持つ魅力が描かれている

「逆瀬川駅」から乗車した老婦人に勧められ、翔子が隣駅の「小林駅」で途中下車する。駅員がツバメの巣が落ちないようにと棚を作り、街の小学生の絵を掲示するなどあたたかな人情に触れる場面。

人生に疲れている瞬間、ふとした優しさに触れるとその情景が強く心に残りますよね。偶然電車で出会った人から勧められた駅が「この場所にまた戻りたいな」という場所に変わる出会いもなんだか運命に導かれるようで心が癒されます。

また、最初の章で会話のきっかけとなった武庫川の鉄橋から中州の風景を実際の電車に乗りながら、主人公の征士の恋がはじまる予感を思い浮かべて眺めるのもよいでしょう。作者が実際に沿線に住んでいたこともあり、駅それぞれの特徴も詳細に描かれています。本を片手に聖地巡礼の旅で、各駅を散策してみたいものです。

『阪急電車』を読んで、ほっこりした気持ちに

電車での出会いは期せずして、身を寄せ合った仲間たちということもあります。スマホの画面のエンタメから顔をあげて周りを見渡すと、車窓風景の美しさを発見したり、思わず人との会話が楽しい情景が見えてくるのが電車という場所でしょう。

人生に迷ったとき、人との付き合いに疲れたとき、大切な人との別れを意識したとき、『阪急電車』には思い出したくなるストーリーや心にとどめておきたい名言もたくさんあります。ぜひ、笑いあり、感動あり、涙ありの『阪急電車』を読んで、ほのぼのとした爽やかな気持ちになってみてはいかがでしょうか。





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