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斎王からの伝言[創作]11

11  農業ヘルパー
 
 2014年5月下旬、エマは福祉施設の調理場仕事を辞めて、北海道の富良野に来ていた。調理師免許取得のために条件の合った調理場で働き、受験資格を得て去年合格した。そこで以前から考えていた農作業を経験するという計画を実行に移す事にした。
 コウもミキもあちこち飛び回って忙しくしているし、夏がすこぶる暑い埼玉県より涼しい北海道で半年弱過ごすのも悪くないと思ったのだ。

 富良野市にある「農業施設」へ先に荷物だけ送り、エマはリュックサック一つで駅に到着した。迎えの車を待合室で待っていたが、ウズウズして外に出てみた。

 大洗から船で苫小牧に着いた時も感じた事だが【空気が違う。美味しい…。】まだ肌寒い気温が心地良かった。しばらく外を眺めてから待合室に戻ると、キョロキョロしている男性がエマを見て近寄って来た。

男性「⚪⚪さんですか?」

エマ「はい。」

男性「担当の伊藤と申します。富良野へお越し頂きありがとうございます。車をここまで回してきますので、あそこのポールの所で待っていて頂けますか?」そう言うとサッと駐車場に駆けて行った。

【随分若いな。20代?…なんだか嫌な予感がする。】普通の独身女性なら胸をトキめかす出会いに憧れるのだろうけど、エマにとっては年頃のよい男性に対して女性同士が牽制しあうアレコレは、至極煩わしいものでしかなかった。そもそも結婚願望が無く思い出や友達を作りたい訳でもない。目的は作物を作る工程を自分の目で確かめたいという一点だけだ。集団生活の中で必ず生じる人間関係を思うと気分が沈んだ。

【なんで若いお兄さんなのか…既婚者の60代でいいのに。】

伊藤「船の旅は如何でしたか?お疲れでしょうが、ざっと周辺をご案内しますね。作業用の手袋とか入り用な物が揃うお店と銀行に寄ります。」

エマ「分かりました。宜しくお願いします。」

 車内で当たり障りのない会話をしてあっという間に施設に到着した。配給物を渡され、書類手続きをして、施設内と個室の部屋に案内された。

 次の日は一日お休みだったので、本当はゴロゴロと休んで船旅の疲れを取りたかったが、自転車を借りて周辺を見て回った。寮の近くにコンビニとスーパーがあり、自転車で少し行くと大型ショッピングモールがあった。

【100円均一のお店もあるし、食事確保も問題ないし大丈夫だな】思ったより便利なのにホッとした。部屋に戻りスーパーで買ってきた食事を食べながらコウとミキに何か報告が出来ることはないかと考えていた。

【今は本当にどこでも人材不足なんだなぁ。若いお兄さんをお世話役にして独身女性を定着させる作戦なのかね。】伊藤さんが車内で、人が集まらない現状を一生懸命訴えていた事を思い出していた。

【コウさんみたいに、何か新しい制度を確立しようとしないと人類の自滅は目に見えている。ただ目の前のお金を稼ぐためだけで終わっている男性社会は限界点に来ているんだろうが、かと言って女性が代わって全体を運用するなんて今は夢物語だ。】焦っても仕方がない事は分かっていたが、何か行動をしなければ取り返しがつかなくなるような気がした。

 薄暗くなった部屋で食事を済ませ、一階の共同で使うお風呂の脱衣所にある個室シャワーを浴びて寝る支度をし、明日から始まる仕事で使う作業着などの準備をして早々にベッドにもぐり込んだ。

 農業ヘルパーの仕事は朝が早い。施設に農家さんが迎えに来てくれるか、バスで現地に直接連れて行って貰える。メロン、スイカ、アスパラガス、ミニトマト、ジャガ芋、ニンニク、タマネギ、カボチャ、トウモロコシ、工場でのニンジン選別、単純だがどれもすぐうまく出来るものでは無いと思えた。運動能力と力、視力が必要となる。屈む作業が多いため腰がとにかく痛くなる。重い物を運ぶ。外での仕事は汗をかき、陽射しが眩しかった。引きこもり気質のエマには辛かったが、こうやって食べ物が店先に並ぶのかと思うと感慨深かった。

 とにかく作物は手間がかかる。農家さん達は全体の工程を頭に入れて動く。重機を扱い、薬品の知識、作物の管理、天候、土の管理、種まき、水やり、雑草取り、収穫、お金の計算、人を雇う、あらゆる事を担っていた。

 農業に何か今後の社会を構築するヒントが無いかと考えていたが、どこも現状は同じだ。仕事として体を動かすか、頭を働かすかの違いでしかない。結局はどこも経済優先の「我よし」でしかない。お金を得るために効率、大量生産、流通をスムーズにすることに撤して農薬散布を行い、自分達が食べる野菜は無農薬で作って食べている事をエマは知っていた。それが当たり前の現実なのだ。

 この人間社会全体に対する違和感をどうすれば良いのだろうか?お酒に逃げる。甘い物や食に逃げる。タバコに逃げる。恋愛、遊び、スポーツ、趣味、お金稼ぎに没頭して知らないふりが出来ればどんなに楽か。
 しかし、野花菖蒲会メンバーである三人は、違和感から逃げられないことを知っているから結成したのだ。

 エマにとっての救いは、相手をするのが作物なのでサービス業よりストレスが格段少なく癒やされると感じたことだ。体は痛いが自分に向いているように思えた。

【要は、手間を手間と思わずやれる精神構造が社会全体に必要なんじゃないかな。お金が欲しい、楽をしたい、得をしたい、やりたくない、遊びたい、儲けたい、疲れた、体が痛い、あらゆる快・不快をコントロールすることで、「すべきこと」をイヤイヤする事がなくなるような教育が必要なんじゃないか。そうすれば本当に必要な事を全体でスムーズに行う事が出来る。あらゆる問題はこの教育システムで解決するんじゃない?!

 問題は人間は本来何をすべきなのかだけど…】

 循環の全体像が見えてこない。全体像とは死後人間がどのようになっているのかも含まれるが、未だ解明はされていないのだ。

【…二人はどう考えるだろうか?こんな事を話せるのはあの二人くらいだもの。】

 薄暗くなった外の散歩から施設に戻り、仕事が休みの時は食事が出ないため買ってきた惣菜を部屋に設置された机の上に並べて食べた。連日の仕事の疲労はそう簡単に二日間の休みでは取れないが、明日からの仕事に行きたくないと思わなかった事は意外だった。

 「ピロン!」タブレットにメッセージが届いた。コウからだ。エマはメッセージを開いた。

〔こんばんわ(^o^)富良野での生活はどうですか?そろそろSkype会議を開催したいのだけどご都合は如何でしょうか?

 私は今京都です!下鴨神社と上賀茂神社に行ってきました。早く報告したいです。ミキさんも、相変わらず忙しくしてるよ。

 やっとストーリーの骨組みの相談が出来る段階まで話がまとまったから都合の良い日を教えて下さい。お願いしますね!ではまた〕

 【とうとう、纏まったんだ。】エマはすぐさま返信をした。

〔ごめんなさいm(_ _)mSkype会議はちょっと難しいので内容をメールで送って欲しいです。私も今、富良野での体験で女性の役割について考えていました。メールで自分なりの意見を伝えたいです。〕

すぐにコウから返信が来た。

〔了解です。要約してみるから少々お待ち下さい。明日には送れると思います(>_<)ゞ〕

〔分かりました。楽しみにしています。本当にお疲れ様でした~m(_ _)mこれからは皆で内容を詰めていきましょう。富良野から戻るのが10月頃です。それまでおおまかなプロットまで進みたいですね。頑張りましょう。皆で力を合わせて女性の社会を創作しましょう。(≧∇≦)b〕

 コウのお陰で、違和感を違和感のままにしないでいられる。これこそが自分が存在している理由だとエマは感じた。

 結婚をせず子供を持たず生きた斎王達は人知れず重要な役目を担っていたはずだ。それを必ず証明してみせると強く誓った。

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