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南北自由通路‟おしチャリナッジ”プロジェクトのまとめ

こんにちは。こまえのデザイン. (狛江市未来戦略室)の田代です。

今回のnoteでは、おしチャリ率をわずか2週間で43.9%から90.9%にまでを押し上げる結果となり、市民の皆さんからも非常に高い興味を持っていただきました『南北自由通路‟おしチャリナッジ”プロジェクト について、改めて振り返っていきたいと思います。


プロジェクトの概要

このプロジェクトは、狛江駅改札前の南北自由通路を通行する自転車利用者に、自転車の押し歩き(=おしチャリ)をしてもらうための方策の検討を行うとともに、効果検証を行いつつ、安全で快適な駅前空間を創出する施策を見出すことが目的となります。

ナッジ施策介入前の時点の南北自由通路

本プロジェクトの実施検討の段階でのまとめは以前のnoteでご覧いただけます。

ナッジ理論の活用

本プロジェクトの実証フィールドとなった南北自由通路はみんなが使う駅前の公共空間(市道)であるため、経済的なインセンティブの付与や公的な権限の行使、あるいは強制を伴う施策はなじまないと判断し、人々の意思や思考にスポットをあてて自発的な行動を促していく"ナッジ理論"を活用して、人に寄り添った施策を組み立てることにしました。

"ナッジ(nudge)" とは、行動経済学などで用いられる用語で、わずかなきっかけを与えることで人々の行動変容を促していくことを指します。ナッジの活用は、経済的インセンティブを変えたり強制することなく、自由意志に基づいて人々の行動を変えていくため、よりよい社会づくりや環境づくりに効果的であるとして、自治体・行政を中心に注目されている考え方です。

他地域でのナッジの取組みを研究する過程で、NPO法人PolicyGarage(ポリシーガレージ)の団体の活動を知り、当法人が作成するナッジシェアのサイトを参考にしたり、当法人が主催するオンライン勉強会などに参加したりと、ナッジ施策の手法や進め方の検討を重ねてきました。

プロジェクトチームの立ち上げ

ナッジ理論という新たな手法を用いておしチャリ施策を検討するにあたり、市職員のスキル向上とレベルアップにも繋がると考え、市役所の担当部署職員だけでなく、ナッジに興味のある職員も公募で選出してプロジェクトチームを組むことにしました。また、この市職員チーム(担当部署職員+公募職員)だけなく、地域のデザイナーをチームに組み入れることによって、市民感覚やデザイン思考を施策に反映させることにしました。
狛江市未来戦略室ですでに形成していたデザイナーとのネットワーク『KOMAE Designer's Lab.(コマエ・デザイナーズ・ラボ)』を活かし、このネットワークの一員である伴 真秀さん (サービスデザイン)と中村 洋太さん (グラフィックデザイン)に直接連絡し、プロジェクトの趣旨に賛同いただき、チームに合流していただくことになりました。

このようにして、市職員×地域のデザイナーの異色の組み合わせによる前例のない『おしチャリナッジプロジェクトチーム(愛称︰おしチャリラボ)』は令和5年5月に始動することになりました。

おしチャリラボのチームロゴ(市職員作成)

キックオフミーティング(5月中旬)

おしチャリラボのメンバーは南北自由通路の課題認識やナッジの知識があるわけではなかったので、まずはチームビルディングの手始めとして、キックオフミーティング&研修会を行うことにしました。ここでは、本プロジェクトの目的とゴールを共有するとともに、NPO法人ポリシーガレージの方を講師としてお招きし、ナッジの基礎研修を行いました。
このキックオフミーティング&研修の様子は以前のnoteをご覧いただけます。

フィールド調査(5月下旬~6月初旬)

そして、南北自由通路がどのような利用がなされているのか現状把握のために、おしチャリラボのメンバー全員で、現地での観察とインタビュー調査を行いました。ここでは、駅周辺の歩行者・自転車利用者に直接お話を聞いたり、人々の行動を観察したり、南北自由通路を含めた駅周辺の道路環境を歩いて観察を行い、自分たちが現場で気づいたことをそれぞれが記録して、現状の共有と課題の抽出を行いました。
このフィールド調査の様子は以前のnoteをご覧いただけます。

課題分析&施策検討(6月中旬~7月下旬)

現地でのフィールド調査を踏まえた課題分析においては、COM-Bモデルで能力・環境・動機が行動にどのように影響するか分析を行いました。 現地調査で記録した課題や気づきが何に起因するものなのか、何が阻害要因となっているのか、一つ一つの意見を分類し、そしてそれらについてどのような施策があれば解決するのかなどの課題分析をしていきました。

この結果、おしチャリをしない根本的な理由(ボトルネック)として、
・「歩行者優先」のルールが分かりづらい
・自転車を降りる理由が不明瞭

というボトルネックを仮説として設定し、その解決要件として、以下の3つを整理しました。
手前で降りる動機をつくる
空間の雰囲気を変える、空間の境界を明確にする
③ 人の滞留をつくり、他者の目を意識させる

以上の3つの解決要件に基づき、
・自転車利用者向けには、直接的な形で行動変容を促す仕掛け
・通路利用者向けには、間接的に自転車利用者の行動変更を誘因する仕掛け
をどのように施策として具体化できるか検討を行いました。

検討過程ではさまざまな施策案が出ましたが、今回の実証フィールドが公共の駅前空間であることに鑑み、利用者の安全を最優先にした施策を検討し、道路管理者と警察署に確認や相談などをしながら、どのような方法なら実現可能かの協議を重ねていきました。

ナッジ施策の効果検証(8月中旬~下旬)

ナッジ施策の効果検証は8月14日(月)から28日(月)で実施することとし、平日の毎日10時~12時で市職員がおしチャリ率の計測を行うこととしました。また、8月23日(水)・25日(金)にはインタビュー・観察調査を行い、介入前と介入後の定量データを定性データを把握することで、結果の考察に活用することとしました。

(1)自転車利用者へのアプローチ
観察の中で見た自転車がスピードを緩めずに南北自由通路を突っ走っている状況に鑑み、降りる動機付けを与え、遠くの位置から自転車が南北自由通路に入る手前で止まることを意識してもらえるよう、『止まるサイン』と『白線』を設置することにしました。
『止まるサイン』は自転車が降りる動作フローの順に「止まる」「降りる」「押し歩き」とメッセージが続き、自然な形でおしチャリ行動をしてもらうことを目的としています。
『白線』は道路標示の一時停止線をモチーフにして白ガムテープで貼ったもので、自転車がこの場所で一時停止を意識することでおしチャリ行動をとりやすくしています。

本来、自転車のスピードを抑制させ、自転車に乗ったままの進入を抑制するために設置されていた車止めはいったん撤去して、逆に今回ガムテープで引いた『白線』を目立たせることにしました。その結果、見た目がすっきりして、通路というより広場のような印象の場所に変化させることができました。

さらに南北自由通路の利用者全体での認識合わせのため、おしチャリを『狛江のみんなではじめる駅前通路の新しいプロジェクト』をキャッチコピーに掲げ、『駅前空間が出会いと憩いのみんなの広場』からはじまるボディコピーの中でストーリー性のあるメッセージ付きのポスターを制作しました。おしチャリを市民が作り上げるプロジェクトとして皆が自分事に感じ、その結果、導き出される価値観に共感し、共有されるような意図をもってコピーライト&デザインがなされています。
また、ポスターと併用してメッセージ付きのサイン、アンケートボードなどを設置し、市民参加が促される仕掛けを講じました。
自転車利用者に降りるきっかけを与え、行動が緩やかに促される仕掛けとなるよう、柔らかな表現を心がけています。

(2)通路利用者へのアプローチ
南北自由通路にベンチや植栽を置き、広場や屋内のような滞留空間の雰囲気を作ることにしました。人が多く滞在する場所では、人々はルールやモラルを守らなければという意識が働くことで、おしチャリが推進されるであろうという仮説のもと、休憩ができるようベンチ等を設置することにしました。さらに、パブリック本棚を置き、人の滞留とコミュニケーションを生む仕掛けを講じることにしました。たまたまベンチの横に座っている知らない同士で何気ない会話が生まれたり、子どもたちに絵本の読み聞かせをする親子などがいたりと、本を通じてさまざまなコミニュケーションが生まれる場所にもなりました。
このようにして空間の雰囲気を変えることで、人と人との交流が生まれる場所に変化させました。

この効果検証中には、おしチャリについて感じたことや伝えたいことなどを自由に書き込んでもらえるようなコーナーを設けたり、市職員から直接アンケートでお話をお伺いしたりと、南北自由通路内に市職員と市民、あるいは市民同士での意見の交換と共有ができ、コミュニケーションを通じて共感の輪が広がりました。

また、最後に効果検証の南北自由通路のレイアウトも紹介します。南北自由通路に入る前から自転車の降りる動機付けを与えられるよう、入口付近に「止まるサイン」や「白線」を設置し、内部には滞留が生まれやすいよう、ベンチの中に植栽とパブリック本棚を設置しています。ベンチを置く場所は3か所に固めて、それぞれの間には一定の間隔を設けて、人の往来や通行を妨げることがないようにしていますが、遠くから見たときにベンチや人の滞留が横に並んでいるように見えるように斜めの位置関係で配置されています。
このように自転車利用者が自然におしチャリされやすいようにレイアウトも明確な意図をもって配置デザインがなされています。

効果検証のレポートについては、以下のnote記事を詳細内容を掲載しておりますので、ぜひご覧ください。

効果検証の結果(9月)

今回の効果検証を行う上で、評価の指標としておしチャリ率を設定しました。介入前(8月8日)のおしチャリ率は『43.9%』でした。
そして、いよいよ8月14日から始まった介入施策は「ベンチ・植栽」と「白線」のみの間接的な介入から始めていきました。8月14日は数値に変化はなかったものの、8月15日から18日は60%以上をキープできるようになりました。なお、この時点では介入施策の目的を明らかにしない‟ブラインド状態”でベンチ等を置いたため、‟熱中症対策のための休憩用ベンチ”かと別の意味で感謝されたりもしました。「最近の市役所の人は気が利くね」とお褒めの言葉をいただいたとき、このおしチャリ施策は別の観点からも課題解決になりえるなと感じました。つまり、そもそも駅前空間には休憩や滞留の場所が足りておらず、にぎわいや憩いの創出に向けた取組みへの潜在的な需要が高いのだということも、このような声を聞いて改めて感じたところです。

そして、8月21日からの2週目からは、おしチャリ施策が本来の目的であることを全面に押し出した直接的なメッセージを出したり、市民が自然とおしチャリに協力しやくすくなる仕掛けを展開しました。その結果、おしチャリ率は徐々に上昇を続け、コンスタントに80%以上をキープするようになり、最終日には90.9%という驚くべき数値が計測されました。
最終日は9割を超える方がおしチャリをしていただいたことになりますが、否定的・批判的な声は特に聞かれず、通路利用者からも「おしチャリっていいね」「安心して通れる安全な空間になった」「駅前空間が居心地の良い空間に変わった」と市民からも大変好評をいただきました。また、自転車利用者からも「市からのメッセージに共感できたから協力した」「周りの自転車がおしチャリしていたからやってみたが、慣れたらそれが普通になった」「そもそも急いでいないからおしチャリでも問題ない」「楽しい通路になったのでゆっくり通りたくなった」などと多くの方に好意的に捉えていただきました。

結論と考察(10月)

今回のおしチャリナッジプロジェクトのフィールドが駅前の公共空間であることを踏まえ、行政からのルールや価値観の押し付けや、利用者同士が対立する構造にならないよう心掛けました。つまり「自転車=悪」とならないよう、自転車を排除するのではなく、人の優しさや思いやりの心掛けが自然な形で譲り合いや、通路内で多くのコミュニケーションが生まれるような空間を目指しました。

また、もともとの看板の伝わりづらさ・分かりにくさ、自転車を降りる理由がないといったボトルネックの仮説への解決策として、おしチャリがなぜ必要なのかをきちんと伝わるような工夫をしました。自転車を降りるきっかけや動機を作ってあげることで自転車利用者の意識が変わり、行動が少しずつ変わっていき、それが毎日の習慣となったことが段々と数値にも現れてきたことを確認できました。哲学者・心理学者のウィリアム・ジェームズの言葉にあるとおり、一人ひとりの心・行動・習慣・人格の変容が、周りの人々にも伝播し、皆がおしチャリをしたくなる空間の醸成によい影響を与えていたのではと分析しています。

『心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。』
(ウィリアム・ジェームズ)

これは狛江市に限らないことですが、公共空間におけるルール・マナーの向上には、禁止を強調する表現に頼ることなく、また強制という手法でもなく、市民が参加したくなるような、そんな納得感を施策に盛り込むことが大事な要素であり、今回はそれがうまくいった事例であったと分析しています。このような市民参加型の施策を成功させるためには当たり前ですが、市民の理解と協力、参加なくしては成功させることはできません。
市民を巻き込みながら、市民や利用者同士の価値観の共有と共感を生み出すきっかけを作り出すために、本プロジェクトでは「居心地の良い空間を創出することで、市民参加型のナッジをデザイン」することができたと考えています。

そして、今回の検証でわかったこととして、賑わいとおしチャリには正の相関関係があり、賑わいを創出することでおしチャリが推進され、またおしチャリを推進することで賑わいが創出されるといった相乗効果が実証されたと考えています。今後の快適で安全な駅前空間づくりに生かしていきたいと考えています。
以上、本プロジェクトの総括として締めくくりたいと思います。

おまけ

本プロジェクトの全容を報告書でまとめていますので、ぜひご覧ください。
なお、おしチャリラボはプロジェクト終了とともに解散となり、現在は市職員だけで自主研究グループで活動を継続し、市の施策でナッジをさらに広げる形でリスタートすることになりました。今後もぜひご期待ください。

おしチャリラボのメンバーとの記念撮影

また、今回のおしチャリナッジプロジェクトの結果を行動経済学会・環境省が共催する『ベストナッジ賞コンテスト2023』に応募したところ、なんと最終審査候補にノミネートされ、12月9日(土)に高知工科大学で開催される第17回行動経済学会において最終審査が行われることになりました。ベストナッジ賞コンテストの模様と結果については後日、noteでレポートしたいと思います。

ポスターセッションの内容

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。よろしければ、「スキ」や「コメント」をいただけると嬉しいです!
※このnoteは、狛江市未来戦略室の職員4人が交代で執筆しています。それぞれの文章のスタイルもあわせてお楽しみください。

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