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音楽聴取のリラクゼーション効果に関する評価検討

現代はストレス社会と言われて久しいが、特に現状のコロナ禍により、不安やイライラも増大していると言える。過度のストレスを長期間にわたって受け続けると、高血圧症、胃潰瘍、抑うつなど、さまざまな心身疾患や精神疾患を引き起こす可能性があるといわれている1)。そのため、日常的なストレス受容に対して、個人の対処能力を向上させることは、非常に重要であるといえる。近年では、ストレス対処法の1つとして、音楽療法が注目されており2)、医療分野だけでなく、健康増進、リラクゼーションなど医療目的以外にも利用される場合が多い。音楽によるリラクゼーション効果に関しては、心拍変動や脳波を測定して、音楽聴取中にリラックス効果があることを報告している先行研究はいくつかある3)、4)。しかし、まだ数が少ない。そこで本研究では、血流、心拍変動及び体表温度の3つの指標を用いて、音楽聴取が心身に与える影響や癒し効果について評価検討した。

音楽聴取での生体情報の変化を測定

被験者の選定
研究の趣旨を説明し、実験の同意が得られた20歳代から40歳代の健常な女性12名を被験者として選定した。
測定指標
a)血流量
血流センサ5)(Moor Instruments社製の「moorFLPI」)を用いて、人差し指の指先の平均血流量Flux(PU)を測定した。これは非接触に動画形式で血流を測定するレーザースペックル式の血流画像化装置であり、本研究では、血流量の平均を算出して分析に用いた。血流量が多いほどリラックスしていることを示唆する。

b)心拍変動
ウェアラブル心拍センサ6)(ユニオンツール社製の「WHS-1」)を胸部に装着して心拍間隔を測定した。また、専用のソフトウェア7)(WINフロンティア株式会社製の「アドバンス・ビューアソフト」)で心拍変動解析をおこない、自律神経指標を算出した。自律神経解析手法は論文8)の手順にのっとり、0.04~ 0.15Hzを低周波数成分(LF)、0.15~ 0.4Hzを高周波成分(HF)として算出した。LF/ HF の値は交感神経活動の指標となり、緊張、興奮、ストレスを表す指標として用いられている8)。本研究では、音楽聴取時のストレス、リラックス度合いをLF/ HFを用いて評価しており、値が低いほどリラックスしていることを示唆する。

c)体表温度
温度計(トラスコ中山の「T I R -308」)を用いて体表温度を測定した。体表温度が高いほどリラックスしていることを示唆する。

楽曲について
被験者には、①クラッシック音楽(パイヤール室内管弦楽団「パッヘルベルのカノン」)、②ヒーリング音楽(七ッ谷ゆみ「遙かなる影」:カーペンターズカバー曲)、③日本のポピュラー音楽(EXILE「EXILEPRIDE—こんな世界を愛するため」。以降、JPOPと表記)の3曲を聴取してもらった。

実験の流れ
実験の流れを図1に示す。被験者は実験室入室後、椅子座にて十分な休憩を取った後、実験を開始した。実験の流れは、無音状態で5分間の安静後、音楽聴取を3分間行う。続いて無音状態で5分間の安静後、実験を終了する。心拍センサは、実験開始から終了まで装着して、心拍間隔データを連続的に測定した。血流センサは、音楽聴取直前から音楽を3分間聴取中に、指先の血流量を測定した。体表温度は、音楽聴取開始直前と音楽聴取後のタイミングで2回測定した。

リラックス効果を示すも楽曲差あり

各楽曲における音楽聴取前と聴取中の血流量の全体平均の変化を図2に示す。その結果、クラッシック音楽では、聴取前に比べて聴取中のほうが、血流量が上昇する傾向がみられた。有意差検定を実施したところ、有意な差がみられた(t検定、p < 0.05)。一方、ヒーリング音楽およびJPOP音楽では、血流量の変化はあまりみられなかった。各楽曲における音楽聴取前、聴
取中及び聴取後のLF/ HFの全体平均の変化を図3に示す。すべての楽曲において、音楽試聴前に比べて音楽聴取中のほうが、交感神経活動のLF/ HFが有意に低下する傾向がみられ(t検定、p< 0.05)、リラックスする傾向が示唆された。各楽曲における音楽聴取前と聴取中の体表温度の全体平均の変化を図4に示す。その結果、クラッシック音楽、ヒーリング音楽を聴取後に体表温度の上昇がみられた。とくにヒーリング音楽を聴取時に体表温度が有意に上昇する傾向がみられた(t検定、p< 0.05)。これらの結果から、クラッシック音楽聴取時はすべての指標でリラックス効果を示唆する傾向がみられた。しかし、ヒーリング音楽やJPOPに関しては、個人ごとの好みの影響があると考えられ、結果にばらつきがみられた。今後の研究課題としては、個人の音楽の好みを考慮し、複数の指標から音楽聴取時のリラクゼーション効
果について検討を進めていきたいと考えている。本研究の詳細は文献9)をご参照頂きたい。

図2

図1 実験の流れ

図3

図2 音楽聴取前と聴取中の血流の変化

図4

図3 音楽聴取前、聴取中、聴取後のLF/HF の変化

図5

図4 音楽聴取前,聴取中の体表温度の変化

● 参考文献1) 上里一郎監修、竹中晃二編、『ストレスマネジメント—「これまで」と「これから」』、 ゆまに書房、2005年
2) 浦川加代子、「リラクセーションプログラムにおける音楽における心理的効果」、日本音楽療法学会誌、No.3、p-p.71-78、2003年
3) 堀清和、千賀康利、南哲、堀清記、「音楽聴取が心拍変動に及ぼす影響」、日本生気象学会誌、Vol.41、No.4、p-p.131-140、2004年
4) 藤本千草ほか、「音楽鑑賞中におけるアルファ帯域成分と心拍変動の関係」、香川県立医療短期大学紀要、第4巻、p-p.129-131、2002年
5) Moor Instruments Ltd.,「 moorFLPI」 
(http://gb.moor.co.uk/product/moorflpimoorflpi/4)
6) ユニオンツール株式会社、「WHS-1」 (http://uniontool.co.jp/product/sensor/index_02.html)
7)WINフロンティア株式会社、「アドバンス・ビューアソフト」(http://www.winfrontier.com/sub/sensor.html)
8)Task Force of the European Society of Cardiology and the North American
Society of Pacing and Electrophysiology. "Heart rate variability: standards of
measurement, physiological interpretation, and clinical use". Circulation, 93,
p-p.1043-1065, 1996年
9)Kenichi Itao, Makoto Komazawa, Hiroyuki Kobayashi, "A Study into Blood Flow, Heart Rate Variability, and Body Surface Temperature While Listening to Music", Health, Vol.10, No.2, pp.181-188, Feb. 2018 年

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