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『Keiko's Kitchen』 #短編小説

 今日は、高校の時の同級生、景子(けいこ)が地元に帰って来る日だ。何年ぶりかの再会になるので、萌(もえ)はとても楽しみにしている。

 東京で働いていた景子は、40歳で結婚し、軽井沢に豪邸を建てたという。インテリア雑誌にも載ったお洒落な家らしい。今日はその写真も持ってきてくれる。
  萌は10年前に結婚し、子供が3人いる。まだ下の子は保育園児だ。子供たちを義母に預け、今日は、景子とのランチ会にいく。子供と離れて遊びにいくこと自体が久しぶりでわくわくしている。

 真っ白いワンピースで景子は現れた。この田舎では絶対見かけない格好。やんちゃな子供にいつ汚されるかわからない萌には、とうていできない服装だ。自分のボーダーシャツに黒いパンツという平凡な服を恥ずかしく思う。
 それでも景子の笑顔は昔と変わらない。それに、高校生の時から、ちょっとトガッている景子に萌はずっと憧れていたし、友達であることを誇りに思っていた。

「ひさしぶり~」
「元気そうだね~」
 地元で去年オープンしたイタリアンに入る。さっそく、景子の家が載った雑誌をみせてもらう。
『Keiko's Kitchen』と書かれたページ。真っ白な壁と、天井から床まで、全面ガラスの開口部。ウン百万もするであろう、高級なソファ。
 こんなガラスばかりだったら、夜は虫がいっぱいよってくる・・・、という言葉を萌はのみ込む。うちの子たちは、この家には立ち入り禁止だな‥
「遊びにきていいよ~。 今キャンプブームだからさー、外だったらキャンプできるくらいの広い庭あるよ!」
 ほら、やっぱり家の中には泊まるなってことだ! 萌は苦笑いする。

 景子は美術大学を出て、内装デザイナーをしている。ブランド店や、芸能人の住宅の内装などを手掛けた話を聞かせてもらい、萌はキラキラ別世界をのぞき見している気分になる。
「すごいなあー、景子。景子が手掛けたお店にも、また行ってみたいなー」

「でも、40歳だから、もう私は萌みたいに子供は無理だし。子供3人いるってことは、萌だってそれなりにお金あるってことでしょ?」
 景子は、雑誌から顔をあげて、萌の目をちらりと見た。
 景子の目に不穏な光が見え、ドキリとする。 もしかして、景子は萌に嫉妬している? まさか。

 景子は、学生の時から美人で彼氏もいたし、難関美大に現役で合格し、デザイン事務所も立ち上げ、素敵な旦那様も手に入れ、軽井沢の豪邸もある。これ以上、何を欲しがろうというのか?
 萌は萌なりに努力してきたのだ。結婚後も働くことができるように、薬学部へ進んで資格をとった。婚期を逃さないよう、合コンへ積極的に参加して、結婚相手を選んだ。出産後も、実母や義母に育児をサポートしてもらえるよう、地元に家を新築した。

「そりゃそうだよ。だって、年収みて結婚相手を選んだんだから! 婚活だってちゃんとしたし。その頃、景子は海外旅行ばかり行ってたでしょ?」
 心の声が出てしまった。景子の顔が曇る。
「その頃、私は死ぬほど働いていたよ・・・」
 萌だって、3人の子を育児しながら働いているから、相当ハードだ。けれども、そんな愚痴を言っても、景子には自慢にしか聞こえないだろう。

「また会おうね!」
 と景子と別れたが、もう、当分、会うことはないことをお互い察知した。

 ――大事なものを失ってしまった

 その後、萌はどうやって家までたどりついたか覚えていない。
 晩御飯の準備をしなければいけないが、立ち上がることができない。子供たちのケンカする声が遠くで聞こえる。

 放課後、好きなバンドや将来のことなど、ぺちゃくちゃおしゃべりながら、駅前の服や雑貨屋を何時間もウインドウショッピングした日々。
 あれは何だったのだろうか?

「ママ! おなかすいた!」 
萌は、『Keiko's Kitchen』の雑誌を引き出しの奥にしまい、夕食の準備を始めることにした。


おわり