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コムギ と パン

ヨーロッパの主食といえばやっぱり「パン」。
ハード系、ソフト系、小麦粉、ライ麦、全粒粉、バターやオイル、砂糖や卵を使用したリッチタイプなものなど、パン屋の店先ではどれを選ぼうか迷ってしまうほど色々あります。
日本でいうところのごはんお米といったところなので、毎日食べても食べ飽きないシンプルなものからは、コムギの味がしっかりと伝わってきます。
ドイツのパンはライ麦を使用したずっしり重いものや、酸味のきいたものなどがあるので、慣れないうちは苦手な方もいると思いますが、噛みしめるほどに味わい深く美味しいものが沢山あります。

ですが... パンっていつどのようにして作られるようになったかというと、実はよく分かっていません。

ムギの起源はメソポタミア文明の栄えたチグリス・ユーフラテス川流域、いわゆる肥沃な三日月地帯の西端付近と言われています。
考古学的研究によると、人によるムギ類の栽培が始まる前、2万5000年前にはパンの歴史は始まっていたとか…
人は生の穀物を食べることができないため、古代の頃より住居跡からは穀物を挽いて粉にするための石臼が見つかっています。
ふっくらとしたパンにするためには、自然発酵や酵母イーストを加えて発酵させ、ふくらませることになります。そのため、歴史的な文献や民族的な史料などには、発酵技術を必要とするパンとビールの製造はたいてい共同作業として行われていたと記されています。

メソポタミアの肥沃な三日月地帯で農耕が始まると、人類最古の都市文明が発展していきます。灌漑技術が進むと都市国家を養えるほどの穀物を蓄えられるようになり、パンは人々の生活を支えることになります。
当時どんなパンが焼かれて食べられていたのかは分かりませんが、古代王朝の宮廷では驚くほど多くの種類のパンが作られていたそうです。
発酵させないパンと発酵させたパンがあり、タンドール風の窯の内部に生地を張りつけたり、ドーム型の窯の床に並べて焼かれる他、揚げたり、果物や油脂、蜂蜜などを混ぜて作られていました。パン型も大量に発掘されていて、模様をつけるためのものや、魚を模った形などが見つかっています。

古代エジプトでは、他に類を見ないほどたくさんの遺物が残されています。木製のパン屋の模型、パン屋の遺跡、壁画、パンについて書かれた象形文字の文献、遺骸の胃からもパンも見つかっていて、博物館の資料室には墓に供えられたまま乾燥したパンの実物まで保管されているそうです。が、残念なことに、レシピは残されていないようです。

古代ギリシアになると、出土品の豊富さではエジプトにかなわないませんが、今日でも知られる物語の数々にパンが登場します。
ホメロスのオデュッセイアには、オデュッセウスの屋敷で客人たちのために毎日小麦粉が挽かれ、食事時になれば、客はかごに盛ったパンがふるまわれる。とあり、今日と変わらぬサービスの様子が伝わってきます。
また、当時の日常生活を伝える多くの素焼きの像の中には、パン職人などもあり、粉を挽いていると思われる女性たちとその傍らで彼女たちのために歌を歌う楽師の像がルーブル美術館に収蔵されています。

古代ローマでは、黒焦げになったパンや、カウンターの後ろの棚に大きなかたまりのパンを並べたパン屋の様子が描かれた壁画などがポンペイの遺跡から見つかっています。
ヨーロッパの主宗教であるキリスト教は、ローマの時代のミラノ勅令(313年)によって公認となりましたが、ここでもパンは非常に重要な意味を持っています。現在もなお、教会内ではパンをキリストの体として、儀式に用いていられています。
長きにわたり人々の糧として重要であったパンは、食べ物以上の特別な何かであったのかもしれません。

メソポタミアでコムギ栽培が始められ、パンが作られるようになり、古代エジプトでは王朝を支え、ギリシア・ローマ時代の主食となり、やがてはヨーロッパほぼ全域を養い続けていきます。

白くて軽い上質なパンを作るためには、白く細やかな小麦粉が必要です。そのためには、ふすまと胚芽を取り除き、食べられる実の部分を取り出し、臼で細かく挽きいていきます。ふすまや胚芽をすべてふるい分けることは大変難しく、労働力がかかり、しかも無駄の多いものでした。そのため上質な小麦粉を使った白いパンは、穀物を無駄にしても大丈夫な社会の上層部に限られていました。
産業革命が起こり穀物の収穫と製粉技術が高まる前は、良くても穀粒の50%程度しか白い小麦粉は得られなかったといいます。

精製と純度の問題から贅沢な白いパンは階級のシンボルとされ、褐色で密なパンは貧者のものとされてきましたが、今日では栄養や健康面から全粒粉やライ麦をつかったパンが見直されています。

コムギとパン皮クラストを重視するフランスとは異なり、国土の大半がコムギよりもライ麦の栽培に適しているドイツでは、ヨーロッパにおける貧しいパンの伝統を受け継ぎ、ライ麦パンや全粒粉、種や実を用いた多様なパンを作っています。

どちらも美味しいのですが、出来れば現地で、濃い目のコーヒーと美味しいバターと一緒にいただきたいものです…

参考文献:

パンの歴史
ウィリアム・ルーベル 著

麦の自然史―人と自然が育んだムギ農耕
佐藤洋一郎・加藤鎌司 編著

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