鯉とザリガニと

子供の頃は、父によく荒川の河川敷に連れて行ってもらった。

当時はまだ舗装されていない場所が点々としていて、雑草が延々と続く道もあった。

バッタや蝶を追いかけたり、背丈ほどもあるススキ野を分け行ったり、夏雲を見ながら歩いた。

ある日は、川沿いを歩いていたらホームレスのおじさんが釣りをしているところに出くわした。おじさんは「お、今釣るから待っとけよ。」と言って数分で鯉を釣り上げていた。

「この鯉やるよ。」と、ぴちぴち跳ねる鯉をバケツに入れながら勧められる。狭いバケツの中で身を捩り、パクパクと息をしている鯉を眺めながら、いや、貰っても困るな…と子供ながらに冷静に考えていた。父も同じ思いだったため、鯉は丁重に断られた。

ある日は、橋の下に出来た大きな水溜まりに人が集まっていた。思いおもいに釣り糸を垂れ、何かがかかるのを待っていた。

近づいて見ると、糸先にスルメがくくりつけられていた。あぁ、ザリガニか。水溜まりの真ん中にいくにつれて、淀んで茶色く濁った泥水の中に糸を投げ入れる。しばらく様子を見ていると、「来た!」の声と共に、真っ赤なザリガニがスルメに捕まってぶら下がっているのが見えた。

「持って帰るか?ザリガニ。」いや、貰っても困るな…と思い、ザリガニは丁重に断った。

そのあと、隣にいた人が竿を貸してくれて何匹か釣った。気づいたら、横目に夕陽が見えていた。

数年後に訪れた荒川は、綺麗なアスファルトが敷かれていた。ホームレスがいた川沿いは鉄柵が並び、橋の下は砂利が敷き詰められて水溜まりは無くなっていた。

当時の河原の状態が良かったとは思わない。

父と一緒だったとはいえ、今考えると、ホームレスと接触したり舗装されていない川べりで遊んだり、いろいろと危なかった気もする。

それでも、荒川を眺めると、鯉を釣る丸まった背中や真っ赤なザリガニを手に喜ぶ声を思い出すのだった。

『鯉とザリガニと』


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