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図書館は、予約なしで行けるクリニックで、薬になる言葉を借りにいく場所だった。


 年末に電話で話した友人に、「薬はもう飲んでないの?」と聞かれた。友人には以前、ぼくが春にうつ状態になって精神科に通院していることを伝えていた。

過去に家族が精神病になった経験もあるから、自分がうつになる前から精神科の薬のことはある程度わかっていた。精神科の薬は一度飲み始めると断薬に時間がかかることが多い。薬の進歩は目覚ましいし、薬のおかげで助かっている人やQOLが上がっている人がたくさんいるのは知っている。だけど僕は薬に頼るのが少し不安だった。初めて受診した日、家族歴や過去の経験をとても丁寧に聞いてくれた主治医に「薬は飲みますか?」と聞かれて、頓服薬だけ処方してほしいと伝えていた。

それから2か月ほどのあいだ、急激な不安や苦しみに襲われたときに3回だけ頓服の抗不安薬を飲んだ。

筋緊張を緩める抗不安薬の効果はすごい。辛いことが頭から離れず憂鬱で苦しいとき、飲むとふわふわして気が緩み、眠りに落ちて目が覚めると、もう楽になっていた。

油断するとクセになりそうだったから、ある程度うつが落ち着いてきたら、苦しいときには頓服薬を飲む代わりに、ただ横になって寝込んでみたり、人に話を聞いてもらったり、闘病記を読んだりした。「休職期間の記録」にいろいろと書いたけれど、僕の場合、回復に大きく役立ったのは、何が自分を苦しめ、楽にするのかという自己理解と、それに合わせた環境の調整や習慣作り、それと、病院のカウンセラーや友人や知人などの、話を聞いてくれる人の存在、居場所や役に立てる場所があること、それに本やpodcastだった。


薬になっていた本

 「病と障害と、傍らにあった本。」を、鬱になって間もない頃に図書館の闘病記コーナーで見つけた。12人の筆者が短い文章で、精神疾患や、他のいろいろな病気の体験談と、そのときに傍にあった本について書いている。

鬱のときって、何かを読もうとしても頭に言葉が入ってこない。漫画さえも読めない日々が続いたあとで、はじめて読めたのがこの本だった。一人あたりの文章が短いのが読みやすかった。

自分と似たような苦しい経験をしていた人が他にいて、彼らがやがて回復したという事実が、僕を安心させた。一度読んで返却したあとも、調子が悪いときはこの本を図書館から借りておいて、辛いときには、この本を少し読んでから休んだ。自分の言葉や記憶が自分を苦しめるときには、誰かの言葉をとりあえず頭に入れてから、休むようにしていた。


予約のいらないクリニック

 家の近所に好きな図書館があって、休職中の予定のない日は毎日行っていた。自分を落ち着かせられる、頓服薬のような本を、休館日以外ならいつでも借りられるし、精神疾患やトラウマに関する本を読めば、自分のペースで病気やこころのことも学べる。自分に合った生き方を考えるために、少しユニークな生き方をしている人の本を読んで参考にすることだってできる。

 おもしろいと思う人の言葉にたくさん触れていると、自分の考え方も少しずつ変化していく。ゆっくり、ゆっくり、時間はかかるけれど、認知行動療法のように、凝り固まった考えがほぐれて、生きやすい考え方ができるようになっていった。僕にとって図書館は2つめの病院で、薬になる言葉や文章を借りられる場所だった。

休職中の居場所

 働けなくなり、うつのせいで経済面でも過剰に不安になっていた時期に、図書館が無料で使えるのはありがたかった。ひとり家にこもっているよりも、誰か、それがたとえ知らない人であったとしても、人の存在が感じられる場所にいる方が元気になれることが多かった。

読むことに疲れたら少し散歩をしたり、外の空気を吸ってストレッチをしてから席に戻った。病気の勉強ばかりだと疲れるから、気分転換に雑誌もたくさん読んだ。宇宙のこと、建築のこと、化学のこと、経営のこと。知らない世界のことに意識を向けると、少し自由な気分になれる。

友人や先輩と、テラス席で何時間も話をすることもあった。大学に通っていなくても、職場に行けなくても、いつでも行ける居場所があることは大きな支えだった。

家の近くに素敵な図書館があって良かったと心から思う。この地域に暮らせていて幸せだ。司書さんや、他の図書館のスタッフの方々には、頭が上がらないくらい心のなかで感謝している。この国に図書館があることや、そこで働いてくれている人がいることは、当たり前のように思われているかもしれないけれど実はすごく尊いことで、皆さんのお仕事に救われている人が、本当にたくさんいると思います。

本当は、これまでの人生でたぶん図書館に一番お世話になった2023年のうちに感謝を伝えたかったのだけど、年明けの投稿になってしまいました。

いつも、ありがとうございます。


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2024年になりました。

「おめでとう」の言葉をためらうほどの出来事が起きているけれど、だからこそ、これを読んでくれているあなたが今生きていることは、たぶん、それだけでめでたいことなんだろうなと思います。

あけましておめでとうございます。
今年が少しでも良い年になりますように。


12月14日から2月1日まで50日間連続で、noteかはてなブログに500~2000字程度の文章を投稿することにしました。内容によってどちらに投稿するかを決めています。
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たまには遠くを眺めてぼーっとしようね。