夏は来ると思っていた (詩)
夏は来ると思っていた 息苦しいほどの熱と湿 夜空を飾る花火 波打ち際に集う人々 賑やかな蝉の声 煩わしい蚊の羽音 野外で鳴り響くフェス 若き球児たちの汗 長く怠惰な夏休み
そりゃ今年も夏は来ると思っていた けれどそんなのわからない
私の左胸は死ぬまでそこにあると思っていた けれどぽっかり失われた 思春期も発情期も授乳期も共に過ごしてきたのに 垂れてしなびて何の役にも立たなくなって 共に棺桶に入ると思っていたのに 突然 悪い腫瘍と一緒に切り取られてしまった ありがとうは言えてよかった 左胸は失われ 私は生き延びた 娘は今も恋しがる 幼き日 絶対の安寧を与えてくれた その存在を懐かしむ
あなたとはいつだって会えると思っていた いつだって会えて 触れたければ触れて あなたを大切に思っていることは 全身で五感を使って伝えられると思っていた オンラインなどという線に乗ってやってきた平面のあなたに 指で触れるしかできない日が来るとは思ってもみなかった 言葉で伝えられることの何と僅かなことか 何も言わずとも 握った手の暖かさで 伝わることもあったのに
夏は来ると思っていた けれどそんなのわからない
それは驚くことでもなく
夏の代わりに「憧(しょう)」や「雅(みやび)」なんて季節が来るかもしれず
左胸の代わりにかぐわしい香りの丸い果実が成るかもしれず
触れる代わりに想いであなたを温める能力が生まれるかもしれず
やってくる変化や喪失が 終わりではなく 果てでもなく
悲しみや淋しさや後悔を引き連れ
永遠に 永遠に
繰り返される始まりと知る
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