マーキュリー・ファー


エリオットとダレンの兄弟は、どちらも想像以上に愛おしい人物だった。エリオットは、ダレンに嫌味を言ったりバカにしたりするけど、本当はすごく愛してることが隠しきれてない、クレバーで不器用な兄。
弟のダレンはエルを尊敬していて誇らしく思っていたり、必死について行こうとしているところや、自分だって出来るもんっ!ってぷんすかしてるのが可愛らしかった。
でも、ダレンがよく意味を理解しないまま恐ろしいことを言って無邪気にはしゃいでるところとか、バタフライに依存しながら自分をコントロールしてるところは切なかったな、、、ダレンの明るさが、闇を濃く見せてた。

はじめはエルとダレンの微笑ましい兄弟喧嘩とか、真っ直ぐな兄弟愛が見えていて、意外と笑っちゃいそうになるシーンもあったけど、2人が "てきぱき" 準備を進めているパーティーはあまりにも凄惨で、それが徐々にわかってしまうのが苦しかった。

舞台後半、ナズをプレゼントにすると決めてパーティーがはじまってからは、小部屋の中の悲鳴や怒号だけが聞こえて、様子は見えてないのに目の前で演じられるよりも目と耳を塞ぎたくなった。肩に力が入って、息苦しくなって、ただただ辛い時間だった。

ただそんな時に部屋に入ってくる盲目の姫は、そこをお城だと思っているし、何が起きているのか何も知らなくて、それが腹立たしく思えてくるほどだった。
でも、きっとその目の見えない姫は平和な国に住む私でもあるんだって気づいて、自分に情けなくなった。
同じ地球に住む人の中には、たった今も紛争で苦しんでいる人がいるのに、私はそんなこと知らずに生きてる。姫はその比喩として存在してるんじゃないかと思った。

パーティーが終わって、ダレンが「もっと違う星に行こう。星は何億、何兆、何千兆ってある。きっとそのうちの一つくらい安心して住めるさ。」って話すシーンで涙が止まらなくなった。その何億何兆とある星の中で、彼らはこんなに絶望的なところに生まれて、何も悪くないのにこんな世界を目の当たりにしてるんだと思ったら悲しくて、不平等さが辛かった。

そんなそばから戦争が始まって、真っ暗のなか爆撃がずっと大きく響いているのが本当に戦争の中にいるみたいですごく怖かった。そんな暗闇と轟音の中にいた経験なんて無いし、これが演劇じゃなかったら…って考えただけで怖くなった。でも、それがリアルな現実の中で生きてる人もいるんだよな、、、
最後のシーン、ダレンの「愛してる」にエリオットは冒頭のようには応えてくれなくて、その代わりにダレンの頭に拳銃を当てていた。「自分で決めるんだよ、やめることを」「自分で選ぶんだよ、消えることを」って、彼らの中にある、最善で最愛の選択肢が自殺することなのが悔しいと思った。

本当にマーキュリーファーからは、重たいものを食らった。舞台は、映像と違ってより客観的に観えるものだと思ってたから、今までどんな悲劇を観ても泣くことはなかったんだけど、今回はじめて舞台を観て涙が出た。マスクは濡れるしメガネは曇るし、そんなこと初めてだったから自分でもびっくりした。

とにかくこの戯曲が色んな意味でえげつないし、それを演じる役者陣が全員素晴らしかった。今を懸命に生きていて、その為に最終的には残酷なことをするしかなくなる。でも、そこには人間性との葛藤があることもわかる。残虐さでモヤがかかっていても、愛の物語だった。セリフで出てくる「バッコンバッコン」っていう象徴的な鼓動の擬音も、生(せい)を感じさせるポイントになっていたと思う。他にもたくさんギミックが散りばめられていたけどそれを全部拾い上げる余裕はなくて、2階席だったけどオペラグラス覗く余裕もなかった。

演出としては、エルやダレンが持ってるトーチが自分に当たると、私がこの場にいるってことが実感できてすごく良かったし、舞台を客席脇まで大きく使っているのも、逆に会場が狭く見えて閉塞感が出てたと思う。
あと匠海くん、まじで歌上手いな… ミュージカルじゃないけどちょっとだけ歌うシーンがあって、さすが…!って感動した。エルの喉が潰れるような叫び方と、ダレンの透き通るハイトーンな叫び方に個性が出てたのもよかった。終始、心身を削りながらお芝居してるのがビシビシ伝わって、2階席の端っこまでくる威圧感で押しつぶされそうだった。

カーテンコールで、いつもならスタオベしたいって気持ちになるけど、今回はそんな力ないわってぐらいの疲労感で拍手するのが精一杯。主演の2人もキャストの皆さんもぐったりで、改めてマーキュリーファーの凄みを感じた。きっとしばらくこの重さやしんどさは纏わりついてくるんだろうなって思う。これが2015年のあの情勢の頃に初演だったのも分かるし、それが今再演される意味もわかる気がする。

やっぱり舞台は、自分の想像力や価値観を見つめ直すきっかけをくれる、素敵な芸術だと思う。今年一発目にマーキュリーファーを観ることができて本当によかった!

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