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動悸の動機

動悸という症状は、それ自体病気ではありません。「ギアダウンしない!」、「旋回中に機体がスピンした!」、「空中衝突しそうになった!!」等など、肝を冷やすような事態が起これば、心臓がバクバクするのは当然です。しかし身体的、精神的に何の動機もないのに、心臓がバクバクするは病的かも知れません。

心臓病は発作性のものが少なくありません。普段は異常がないのに、呼吸、気圧、疲労、薬物などが引き金となって、突然症状が現れ、また暫くすると自然に症状が治まるのです。ですから航空身体検査による通常の心電図検査では発見できないものなのです。日米の航空身体検査の問診では、心臓の不調を尋ねる項目がありますが、エアマンが黙っていれば検査医は知る由もありません。航空身体検査は性善説に基づいた検査方式なわけです。

動悸があるからと云っても、即刻不適合となるものではありません。洞不整脈のような、ペースメーカー細胞からの電気信号が、アコーディオンのように間隔が伸びたり縮んだりしているだけのこともあります。逆に心室性期外収縮の連発状態にように、薬物で治療しないと致死的な心室粗動へ発展するものもあります。要は精査して、内科的に無治療で良いか?内服治療で予防できるか?を確認しないと大臣判定となるのです。この際に理解しておかねばならない事は、その治療で日常的に安定していても、航空業務に従事するのは認められないと異なる判断を言い渡されることが多いです。不適合とされたエアマンは、「担当医は日常生活に何ら制約はないと云われている」と反駁するのですが、航空業務は日常生活ではないこと位は、自家用操縦士でも理解できる筈です。長年精進して維持してきたライセンスを、たかが動悸如きで失えないという心情は察するに余りあります。けれども人間は飛ぶことが出来ない生き物なので、上空に行ったときの諸臓器の振舞いは別物であります。

Wolff-Perkinson-Whiteという3名の循環器内科医が見つけたWPW症候群は、比較的多くの人たちに見られる発作性心臓疾患で、稀に致死性の心房細動を起こします。心臓の上部で電気信号がグルグルと異常な旋回をするために起こる動悸発作で、当然治療しなければ航空身体検査は不適合です。従前まで根治治療は難しかったのですが、カテーテル・アブレーションという異常な信号伝導路を焼灼する治療法が近年確立しました。長年グランド・インストラクターで我慢していたエアマンが苦難の末にSpecial Issuanceを貰って飛べるようになりました。医学の進歩はエアマンの運命も変えられるのだと感心したものです。

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