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EP.1 やる気のない私と天ぷらのズレ



やる気がなかった。どうにも。
ここ数日少し遅めに眠ってしまうサイクルが続いていたので、えいやと今朝は早起きをした。仕事モードにスイッチを入れるための化粧も済ませたが、どうもだめだ。朝の散歩にも行ってみたがどうにも・・・。こういう日は早めに諦めるにつきる。
「仕方ない、今日はドライブでも行くか」
天気も良かったので、車を走らせてみることにした。聴きたかったラジオも溜まっていたし。かけたのはTBSの『荻上チキ・Session 』。情報は信頼できるところから入手するのがいい。頭も冴える。


一応、少し気になっていたパン屋とジェラートの食べられる店を目指し、いつもは通らない道を選んでみた。パン屋に到着。休み。そっかぁ~    特に落ち込まず次へ向かう。滅多に走らない道路なので目に飛び込んでくるものが新鮮だ。ただ運転するだけで楽しい。
少し走ると、のぼり旗の立ったログハウスのような建物があった。「薪と、、蕎麦??」一度通り過ぎたが、なにかありそうで引き返した。駐車場に車を停め、グーグルで店情報をいったん調べた。あんまり情報が出てこない。メニューも何があるのか、いまいちよくわかんない。でもなんだか気になる。入ってみることにした。


入ってみると山菜がたくさん売られていた。中には無言のおばあちゃんふたり。あれっ? 入り口を間違ったらしい。蕎麦屋と隣り合わせの小さな産直に入ったようだ。
改めて正しい入り口に行く。中を覗くと、田舎の小屋のようなスペースに待っているお客さんが6名ほど。マジか。これは穴場かもしれん。自分も座って待ってみることに。
パイプいすに腰掛ける。店から出てきた人数分、中に入っていくようだ。ひとり、またひとり。みんな「おいしかったです」と律儀だ。期待値アップ。
私の隣に座ったおばあちゃんは、40代くらいの男性ふたりと3人で来たようだ。どういう関係かわかならいが山菜の話をしている。楽しそう。なんだここ、平和だな。


そしていよいよ入店。カウンター越しの小さな空間だ。席は6名分。空いている所に座る。ピッと髪をセットした店主お一人で切り盛りしているようだ。店内はいろんな張り紙がたくさん。演歌歌手のサインやら何やら。でもメニューが見つけられない。達筆すぎる天ぷらメニューは目に入って来たが、よくわからない。隣のおじさんが「天もりの普通」と言ったのですかさず「私も」と同じモノを注文した。壁を再びみていると「天もり 900円」と書かれた紙が一枚貼られていた。恐らくメニューはこれだけなのだろう。

赤字で書かれた天婦羅の文字を見てほしい。婦゜となっている。かわいい


目の前で調理をしている店主、手首に白い何か巻かれていた。ビニールテープだ。どうみてもビニテだ。腱鞘炎予防かもしれない。蕎麦は3つずつ準備するようだ。既に注文していた人の分が目の前で作られていく。ザルを定位置に投げる動きにはちょっと驚いたが、水を切るモーションなど全てが完璧だ。ほうほう、そばつゆは食べ終わったらそば湯をそそいでくれるんだな。そのやりとりの様子がとても優しかった。一見強面の店主のように見えるが、客の様子をちゃんと見ている。声色も丸く、やさしい。

先に天ぷらが来た。旬の山菜だ、盛り付けもちゃんと山型で美しい。奥で揚げたての天ぷらを盛りつける様子を見ていたが、最後に盛った山菜が少しズレた時、店主の体は一瞬ピタっと止まった。箸で崩れた山菜を直していた。私は暖簾の向こうで起きたそれを見ていた。あ、これは期待できる、そう思った。

「はい、おまたせ」蕎麦も出来上がった。
見た感じはいたって普通、だが私はもう満足していた。


さっそく一口。ん!うまい!!ピシッと冷水で引き締まっている。店主のヘアセットの決まり具合と同じだ。揚げ玉とネギの入ったつゆともぴったり。わさびを乗せて食べてもグー。天ぷらも美味。この時の天ぷらの山菜はコシアブラ。ひとり暮らしだと普段滅多に山菜を食べることがないのでとっても嬉しい。隣のおじさんも「今年初めてです」と店主に言っていた。常連だろうか、嬉しそうな声だった。

そろそろ食べ終える頃、私の後だったおばあちゃんwith男性2人が入ってきた。おばあちゃん、どうやら天ぷらはいらないらしい。ここの蕎麦つゆには揚げ玉が最初から入っているが「おばあちゃん、揚げ玉抜く?」と店主はちゃんと聞いていた。大体一人で切り盛りして作業の段取りが決まっているところだと、流れを乱されたくないあまり人によっては少し苛立った姿勢も見えたりするものだが、そういうのは一切皆無だった。だって「おばあちゃん」って呼び方、優しかったもん。

そして私にもベストなタイミングでそば湯を注いでくれた。ちゃんとつゆを少し捨ててから、お玉で一杯。流石だ。メニューひとつでこんなに人が入るのにも納得。


大満足して店を後にした。うぉー、こんな出逢いがあるなんてラッキーすぎる。しかも900円。潔い。なんというか、美味しかったというよりも、人生の先輩の姿を見せていただいた感覚だった。自分もお店を持ちたいと思っているので、たまに来て応援の意味でもお蕎麦をいただいて、勝手に勇気とやる気をもらって帰りたいと思った。


今度、店主と話したいなぁ〜 次はピーク時間外していってみよう。



『そばやのやまっく』というお蕎麦屋さん。ごちそうさまでした。




その後、破格のジェラートを求め、わたしはさらに車を走らせた… ↓





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